5月16日午後5時50分、殺人容疑で被害者・伊藤忠夫巡査の妻で小学校教員の冨美子を緊急逮捕。身柄を赤羽署に移して追及したが、冨美子は「私は教育者です。夫を殺すなど、そんな大それたことは絶対にしません」と頑強に容疑を否認した。自転車を借り出したのも「夫を探すためで、荷物など積んだ覚えはない」と動じなかったと「警視庁史 昭和中編(上)」は記している。(全2回の2回め/前編を読む)
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「世を欺き続けてきた“巡査の妻”」
5月17日付朝刊各紙はそろって社会面トップで大きく報じた。「犯人は妻(志村第三校の教官)と推定 凶行現場は自宅二階」(朝日)、「バラバラ事件急轉解決へ 押入で処理、一家謀殺か」(毎日)、「バラバラ事件は一家謀殺 母と弟も逮捕か」(読売)とセンセーショナルに書き立てた。朝日の記事の主要部分はこうだった。
荒川放水路の「バラバラ死体事件」の被害者は志村署警ら係、伊藤忠夫巡査(27)と判明。捜査本部は16日夕5時45分、かねて志村署が身辺捜査を行っていた内妻・宇野冨美子(26)=板橋区志村第三小学校教官を殺人容疑で緊急逮捕。赤羽署に留置して本格的取り調べを開始した。
警視庁鑑識課員が家宅捜索を行った結果、2階(8畳と4畳の2間)の4畳間の押し入れのカーテンに血の跡が付いているほか、血の付いた洗濯だらいなどを発見。この2階を殺害と死体切断の現場と断定している。
冨美子の人物像について「“キカン氣(気)の性格” 最近は欠勤の冨美子」(朝日)、「郷里への“偽装の打電” 晝(昼)は先生、夜はアプレ生活」(毎日)、「凶行後も教壇に」(読売)などと各紙とも書きたい放題。「他に男がある」(朝日)、「“大阪の情夫”も洗う」(毎日)など、捜査本部の見方として冨美子の男関係を打ち出した。
特に毎日の書き方はひどい。「昼はいたいけな童心を前に“先生”と呼ばれて教壇に立ち、夜は生々しい惨劇を物語るか、血痕の残る押し入れがある2階間借りの自宅で平然と世を欺き続けてきた、この異常心理の“巡査の妻”とともに、さらにこの事件には惨劇の正犯がいた―と当局は見ている」。
朝日、毎日には冨美子の連行写真が載っているが、読売は現場到着が早かったのか、「逮捕の一瞬、顔は蒼(そう)白」の記事とともに、「凶行の行われた自宅二階八畳間で逮捕直前の妻冨美子と泣き伏す母親しず子」の説明付きの写真を大きく掲載している。
どういうわけか、各紙とも初公判までは冨美子の母の名前を「しず」「しず子」「シズ」と表記している。初公判の朝日の記事に「シズこと鹿」とあるので、鹿が本名でしずは通称だったのか。