しかし同じ頃、豊島は人間の長所を封じ、ソフトの最も強いところを引き出して、戦っていた。
豊島はコンピューターと片手を鎖でつなぎ、殴り合ったのだ。
人間の持ち味を封じ、足を止めて、ただひたすら殴り合った。このやせっぽちの青年が、鋼鉄の身体と拳を持つ機械と、真っ向から。
人間との研究会を全て辞め、一人で部屋にこもり、家族から『変人になるのでは』と心配されながら。
しかも……しかも豊島はそれを、あろうことか羽生とのタイトル戦と並行して行っていた……。
「でも、なんか、それで……当時のソフトも、自分よりかはちょっと強いんですけど、全体的に見て。自分が勝とうと思ったら、序盤を工夫して良くしにいくか、あとは中盤の、その、戦い……ねじり合いになったときに、結構、一直線の将棋に踏み込んでいけば、終盤でソフトが頓死筋をうっかりすることがあるので。一手違いにしてしまえば、何局かに一局は勝てるんですけど。当時のソフトだと……」
「でも、それをやっちゃうと、人間同士だと粘りのない手になってしまうんですよ。中盤の指し手が。それだとあんまり勉強にならないのかな、と思って」
──人間の良さを封印して、中盤からソフトと対戦していたんですか……。
「まあ、どれくらい耐えれるか……というか、どこまで互角でいけるかという。だいたい最終的には負けるんですけど。耐えるような指し方をしていくと。互角でどれくらいまでついて行けるかということをやっていて……」
「そうですね。でもそれは、やっていて苦しかったですし」
──そりゃそうですよ……。
「ふふふ。ほとんど勝てないので(笑)」
冗談だろう? その条件で、たまに勝っていたのか……?
私は叫び出したくなった。
人間にそんなことができるなんて……あの当時でも現在でも、想像すらしていなかった。
「でも、初めの頃は結果が出てたんですよね。棋聖戦に挑戦するまでのあいだは、けっこう勝っていたので」