「で……それでも『そんなに成果が上がっていないな』と思っていて」
「同世代の棋士がタイトル取ったりしていたので、『もうちょっと思い切って踏み込んでいかないといけないのかな?』と思って……」
「棋聖戦の頃は、ソフトが一番強いのは、中盤の、ねじり合いの部分だと思ったので。私は」
「実際、YSSとかと指しても、序盤とか終盤で勝負ができるなと思っていたので。中盤が長くなるとキツくなるなと思っていたんですよ」
「だからやっぱり中盤が強いと思っていて」
「だからそこを自分に取り入れたいと思って。だから、なんか……棋聖戦の将棋も、矢倉が多かったんですけど、その頃は矢倉ばっかりソフトと指していて」
……ん?
豊島の発言に引っかかるものを感じた。
指す? 矢倉ばかり? ソフトと?
まさか……。
「矢倉とかそういう、中盤がねじり合いになるような、そういう将棋をやって」
「苦しいんですけど、なんていうか……どれくらいまで耐えられるかというか。中盤、どのくらいまで互角で耐えられるかということをやっていて……」
「まあ、あんまり……ほとんど勝てないですし……」
──た、対戦していたということなんですか!?
「ああ、対局していました」
──矢倉にして?
「矢倉にして。局面は、途中まで自分で作って」
──指定局面で?
「指定局面というか、互角くらいの局面にして。作って、そこから指していましたね。ひたすら」
──…………。
中盤が強くなりたい。
だからソフトと中盤から指す。ソフトが最も力を出せる、矢倉で。
狂気を感じた。
『若返りたいから、赤ん坊を食う』くらい短絡的な行動だと思った。それができれば、みんなやってる。電王戦を見れば、できないことなんて誰でもわかる。矢倉でソフトに勝った人類など、一人もいない。
豊島が棋聖戦で羽生に挑戦したのは、2015年6月。
その3ヶ月前には電王戦FINALが行われている。
豊島は出場しなかったが、前年に行われた第3回電王戦で人類唯一の白星となった豊島の将棋を分析し、人間の勝ちパターンを磨いたことで、プロ棋士の側が勝ち越すことに成功している。
電王戦でコンピューターと戦った他の棋士たちは、いかに人間の持ち味を引き出し、ソフトの長所を消すかを考えていた。
ソフト開発者側もまた、いかに人類に序盤の作戦を狙い撃ちされないかを考え、指し手を散らすプログラムを組み込んだりした。