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今年のダービーを見て感じた追憶…ウマ娘ファンにも知ってほしい「ミホノブルボンvs.ライスシャワー」“激闘譜”

2021/06/04

   エフフォーリアがダービーに勝てば2年連続で無敗の二冠馬が誕生することになる。

 過去に2年連続で無敗の二冠馬が現れたのは1991年のトウカイテイオー、92年のミホノブルボンだけという希有な事象である。

 そういう意識があったからなのか、今年の日本ダービーのパドックを見ていて、気になる馬がいた。

 コンパクトな黒鹿毛の、きれいなシルエットに目を奪われた。「ライスシャワーもこんな感じの馬だったな」と思った。

 この馬が2着になれば、菊花賞でエフフォーリアの三冠を阻んだりして…。

 そんなことを想像しながら見ていたのは、エフフォーリアを鼻差で破ってダービー馬となったシャフリヤールである。

今年の日本ダービーは1番人気のエフフォーリアをシャフリヤールが鼻差で破った

29年前「ミホノブルボン」と「ライスシャワー」の時代

 ミホノブルボンとライスシャワーがクラシックを戦ってから29年になる。

 2頭はすべてにおいて対照的な馬だった。栗毛のミホノブルボンの鍛え抜かれたボディーは筋骨隆々で、とくに、“トモ”と呼ばれる、腰から尻にかけての筋肉は二重三重に盛りあがっていた。それに対してライスシャワーはシャフリヤールのように小さな黒鹿毛で、体のラインがきれいな、見ていて飽きない馬だった。

ミホノブルボン ©️文藝春秋

 ライスシャワーは父リアルシャダイ、母ライラックポイント(父マルゼンスキー)という血統で、89年3月5日に北海道登別市のユートピア牧場でうまれた。ユートピア牧場は馬主の栗林英雄(栗林商船)が営む牧場である。ライスシャワーが誕生した当時、繁殖牝馬は30頭ほどで、仔馬は1歳までユートピア牧場で育てられたのち大東牧場に送られ、競走馬となるトレーニングが積まれるシステムができあがっていた。

ライスシャワー ©️文藝春秋

 先代の栗林友二は戦前の最強馬クリフジの馬主として知られている。戦後はオーナーブリーダー(馬主兼生産者)として多くの名馬を送りだす一方で、馬主のトップとして競馬の発展に寄与し、競馬関係者から「ミスター競馬」と呼ばれて尊敬された人である。息子の栗林英雄もカツアール(宝塚記念)などの活躍馬を所有してきた有名馬主だったが、ライスシャワーの口取り写真に姿はない。