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「心情を吐き出すのは信頼がないとできない」 《100mで9.95日本新記録》山縣亮太を支えた仲間たち

『四継 2016リオ五輪、彼らの真実』より#2

2021/06/09
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「なんか怖いな、この人」が第一印象 

 そんな古賀と山縣は不思議とウマが合った。山縣が苦笑いしながら振り返る。 

「初めて見たときは、すごく威圧感を醸し出している人ってイメージだったんですけどね」 

 高校1年の時、初めて古賀を見た。国体のテレビ中継だった。画面の中の古賀はゴール をすると、雄叫びをあげながらユニフォームを脱ぎ捨てていた。 

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「恥ずかしくないのかな。なんか怖いな、この人」

 それが第一印象だった。 

 月日が流れ、山縣が慶大をAO入試で受験するために広島から上京し、競走部の練習に参加すると、そこに2年生部員になっていた古賀がいた。期待のルーキーは先輩達に囲まれ、雑談する中で、「教科は何が好きなの?」と尋ねられた。慶大は一般入試で入部した部員も少なくない。山縣は何と答えようか迷っていた。

「体育とか図工って言ったら、馬鹿っぽいかなぁ」 

 格好付けて本心と違う教科を口に出そうとした、その瞬間。いきなり見透かしたように 横から古賀が言った。

「体育だよな、体育!」 

 目を合わせて2人は笑い合った。 

©文藝春秋

古賀さんは「何かやってくれそうな雰囲気がある」 

「空手」というつながりもあった。 

 山縣は大学に入学すると、空手の道場に月1回、通うようになっていた。 

「18歳ながらに、武道の精神は大事だと思っていたんです。昔は刀と刀を持って向き合っていましたよね。現代のスポーツでも『負けたら死ぬ』ぐらいの覚悟を持つことで、1つ差が生まれるんじゃないかと。守りたいものがあった時に、風邪をひいていましたとか、体調が悪いですとか言い訳にならない。向かい風が強いとか、初めての五輪だからとか、勝負の結果に対して、何の言い訳にもならない。それまでの自分を振り返ると、少し言い訳していた所があったので、そういう覚悟を持って競技をしたいなと思っていました」 

 同じ空手の先生のもとに古賀も通っていた。古賀の方は山縣のように実戦ではなく、その先生が「武道の精神を一般の生活にどう生かすか」というテーマで開催しているセミナーだった。 

 在学中から、武道の理念について幾度となく会話を交わしてきた2人。山縣は「また価値観を共有したいな」と思っていた。

「古賀さんはすごく話しやすい。それと、何かやってくれそうな雰囲気がある」 

 先の見えない復活ロードの伴走者として、型破りな先輩がコーチに付いてくれることは 心強かった。