「死亡診断書をもらいたい」急転させた父親の一言
事件が再び大きく紙面に載るのは40日以上たった同年12月17日付朝刊。東朝と読売は社会面トップだった。
東朝は「保險(険)金六萬(万)六千圓(円) 両親ら三人で謀殺? 日大生惨殺事件に 突如未聞の怪面貌」、読売は「次々加入した保險金 六萬六千圓狙って 本郷・日大生殺しは 戦慄肉親の凶行」の見出し。東日が「本郷の日大生殺し 両親と妹を留置」と最もおとなしかった。東朝の書き出しはこうだ。
去月3日深更、本郷区弓町1ノ25、日大歯科3年生徳田貢(25)が、押し入った強盗のため出刃包丁で殺害され、現金60円を強奪された事件は、その後何らの発展も見なかったところ、16日に至り、本富士署の捜査本部は色めき立ち、さる5日、凶行現場を引き払って目黒区下目黒250に移った被害者の実父の医師寛(52)と妻はま(46)及び貢の妹栄子(21)の3名、及び知人1名が突如捜査本部に召喚され、厳重な取り調べを受けるとともに、父寛は警視庁へ、母はまは六本木署へ、妹栄子は本富士署へそれぞれ留置された。事件は凶行後、強盗の仕業とみてもっぱらその方面の捜査に努めている中、被害者に6万6000円という巨額の生命保険金がかけられており、家族の言動にも不審の節々が重なってきたため、果然捜査当局の目がこの家族に謀殺の嫌疑がかかり、その結果、右3名が容疑者として検挙、留置されることに至ったものである。
当時の6万6000円は2017年換算で約1億3000万円。25歳(「24歳」とした新聞もある)の息子にかけるのはやはり尋常ではないだろう。その事実が捜査線上に浮かんだ経緯は東日が詳しい。
疑惑を持たれた点は事件直後、父親寛氏が捜査本部に出頭し「死亡診断書をもらいたい」と申し出た。係官が「何の必要のためか」と追及した時「保険金を受け取るためだ」と答えたが、係官が「保険金はどのくらいですか」と聞くと、金額は最初は5000円と言っていたが、言うことがあいまいのためさらに追及すると、次第にその額を増して6万余円という予想外の高額の保険金が、しかも短時日の間に契約されていることが判明した。
どうもこの父親は犯行の主謀者だった割に、ずさんというか脇が甘い。妻からもそう言われている。
「犯人像」は被害者そっくり
確かに犯行動機として疑うには十分だが、警察の見方を内部犯行に向かわせたのには別にいくつもの理由があった。
12月28日付東朝夕刊が「日大生殺し・奇々怪々 益々嫌疑を深む數點(数点)」の見出しで書いている。(1)家人が申し立てた犯人の侵入口にはチリが積もっていた(2)凶器の出刃包丁は水道で血痕を洗い取られていた(3)樺太を引き払って東京で開業する目算だった徳田家としては新たに相当まとまった開業費用が必要だった―。
さらに「犯人と被害者が 怪!同じ風體(体)」の見出しの記事では「母親はま、ならびに貢の妹栄子の申し立てによると、犯人の風体は殺された貢の姿そのまま」だったとある。
後で分かるように、犯行は長い時間をかけて計画的だったのに、ところどころこうした“漫画のような滑稽さ”がのぞく。この時代は犯罪も牧歌的だったということか……。