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浮かび上がった容疑者の“正体”

 同じ日付の読売は被害者と近藤の顔写真を載せている。そして29日付夕刊になると、ついに40万円の被害とともに容疑者の“正体”がはっきりする。

「被害者とも面識 『正田』の容疑深まる」が見出しの朝日は「愛宕署捜査本部は29日朝になって、被害者博多周さん(40)が現金40万円を盗まれていることを確認。さらに捜査線上に浮かんでいた神奈川県藤沢市辻堂1097、正田昭(24)=既報の潮田明はその後の調べで当て字と判明=は、被害者博多さんと取り引き関係の面識があったことを突き止めた」「正田は慶応大経済学部を卒業。本年5月、被害者博多さんと取り引きのあった東京・日本橋兜町の三栄証券会社に就職。6月20日に退職しており……」。

捜査線上に「正田」の名前が浮上した(朝日)

 朝日の記事には別項で正田昭の兄の興味深い談話が出ている。

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 戦後型の性格の男

 

 正田昭の次兄行男さん(30)=石川島重工技術部勤務=の話

 

 昭とはもう数年間も会っていないので、最近のことはよく知らないが、洲崎の女に夢中になっていたと母から聞いたことがある。性格は戦後型で、最近胸が悪いため三栄証券を辞めたらしく、もう2、3年しか生きられない、などと口走っていたそうなので、そんなことから事件を起こしたのではなかろうか。

 本当は次兄ではなく昭のすぐ上の兄(三兄)だった。肉親にしては冷ややかなコメントのような気がするが、こうしたところから正田と事件のイメージが作り上げられていったのだろう。

「主犯正田 慶応出のアプレ青年」

 もう一つ、注目すべきは夕刊紙だった東京新聞が、社会面トップで報じた記事の見出しの1本を「主犯正田 慶応出のアプレ青年」としたこと。家族関係を詳しく記述している。

 正田の父親伊三郎氏はカリフォルニア大学出身の弁護士だったが、既に死亡。藤沢市には母ちやうさん(64)、実兄清氏(34)がいるが、昭はそれと別途鎌倉に間借りしていた。昭は四男で姉2人兄3人がいる。母は女子大出で現在横浜某高校の体育講師をしている。男3人もそれぞれ早大、フローレンス(フィレンツェ)大、東大を出ており、結婚した2人の姉もともに女子大を出ている堅実な家庭だが、昭は典型的なアプレ青年である。

 このあたりから各紙とも正田を主犯と見るようになった。そして7月30日付朝刊で事件は新たな展開を見せる。

“第三の男”を共犯容疑で逮捕

「『メッカ』殺人事件に第三の男 共犯の相川を逮捕」が見出しの朝日は「29日夜、今まで捜査線上にも浮かばなかった“第三の男”を共犯容疑で逮捕。事件は3名共謀による犯行とみられるに至った」と報じた。

最初に逮捕された共犯の男も「アプレ」ふうだった(朝日)

 この男は相川貞次郎(22)。朝日は「住所不定」としたが、毎日は「港区三田四国町5」、読売は「三田四国町、麻雀オパール方」としている。3紙とも写真を載せているが、当時「ミルキーハット」と呼ばれた、布の軽い中折れ帽子をかぶった姿はこれも「アプレ」ふうといえる。

 相川の逮捕に至るいきさつは「鑑識捜査三十五年」が詳しい。それによると、刑事が正田の住所に行き、そこで遊んでいた子どもたちに聞くと、正田は最近、よく友人と海水浴に行くという。きょうも行っているが、午後4時ごろ、帰宅することが分かった。

 2人の刑事が張り込んでいると、午後4時ごろ、ミルキーハットをかぶった男が表門から入り、家を一回りしてそのまま引き返した。刑事はこの男が近藤かもしれないと思い、男の後を追いかけたが、男は感づいて逃げたため、姿を見失ってしまった。

 仕方なく付近に戻って探していると、男が急ぎ足でやってきた。刑事が呼び止めると、既に観念していたものか、「旦那、すみません。いろいろ迷惑をかけました。事情はお話しいたします」と頭を下げたという。