昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

《津久井やまゆり園》「精神鑑定」で浮かび上がった植松聖の本性…“やんちゃなお調子者”が“戦後最多の殺人犯”に変貌したワケ

『元職員による徹底検証 相模原障害者殺傷事件 裁判の記録・被告との対話・関係者の証言』より #1

2021/08/14

genre : ニュース, 社会

 2016年7月26日に発生した相模原障害者殺傷事件は死者19名・重軽傷者26名を出した戦後最大の殺人事件だ。犯人の植松聖は事件後自首し、2020年3月に死刑判決が確定。裁判中に動機の一つとして語った「社会に貢献するため」という言葉は世間を震撼させた。

 ここでは、自身も津久井やまゆり園に勤務していた経験がある専修大学の西角純志講師の著書、『元職員による徹底検証 相模原障害者殺傷事件 裁判の記録・被告との対話・関係者の証言』(明石書店)より一部を抜粋。精神鑑定を通じて見えてきた人物像について紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

◆◆◆

精神鑑定から浮かび上がった人物像 

 2016年の事件発生当初、公開された数々の被告写真や映像を見ると、とても正常な人間が起こした事件とは思えない。被告は、事件発生以前からツイッターなどで刺青やクラブでの写真などを公開していた。「世界が平和になりますように」という文言は、最後の投稿である。現在ではアカウントは削除されているが、いわゆる「ヤンキー文化」のなかで育ったのだ。友人の証言によれば、当時、オーシマグループと相模湖グループという大麻を吸うグループがあったという。植松本人は相模湖グループであったが、クラブで会えば互いに話もするし、よく遊んでいたという。ツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどを駆使し、世界情勢などの情報を摂取するとともに、社会に対して発信している。裁判では紹介されなかったが、「ドレの深夜食堂」で知られる動画配信サイト「アフリカTV」もその1つであった。ここでは、公判の鑑定人尋問から浮かび上がった人物像について紹介することにしたい。

©iStock.com

素直で手がかからない子

 植松聖は、父が小学校図工教師、母が漫画家という家庭環境で育った。兄弟はいない。出生時、新生児黄疸で、血液交換治療をしたが特に後遺症はなく、発育発達に遅れはなかった。素直で手がかからない子だった。小学生の頃は勉強は中の下。明るく人なつっこく、目立ちたがり屋でもあった。クラスに自閉症の子がいたが、普通に接していた。

 中学生の頃も勉強は中の下。バスケ部に所属。中3から友人に誘われ飲酒や喫煙、万引きを時々していた。いわゆる「不良」と呼ばれる友人との交友があった。思春期には親に反抗して物を壊したり、壁を殴って穴を空けることもあったり、教師に反発して教室の窓ガラスを割ることもあった。いわゆる、優等生キャラではなく、リーダー的な存在でもない。問題行動も見られたが、明らかに反社会的な逸脱した行動はなかったという。明るく社交的で目立ちたがり屋である。他方で、人の影響を受けやすく、場当たり的で、キレやすい性格の持ち主である。精神科医は「やんちゃなお調子者」だと評している。