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連載昭和事件史

連続少女誘拐犯の手帳に書きつけられた「悲願千人斬」…“少女の敵”が生まれた理由

連続少女誘拐犯の手帳に書きつけられた「悲願千人斬」…“少女の敵”が生まれた理由

復員服と「戦災孤児」が普通だった時代の「少女誘拐マニア」の住友令嬢誘拐事件 #2

2021/09/12
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「私の家より住友さんの家の方がお金をたくさん持っています」

 9月23日付では「樋口、捜査圏内に 中央線で名古屋方面へ」(朝日)、「依然手掛なし」(毎日)、「厳戒の網くゞ(ぐ)る誘拐魔樋口」(読売)と各紙には動きを追った記事が。読売では「舞い込む脅迫状」の見出しで22日正午ごろ、住友家に5通の脅迫状が届いたことも報じられた。

 そして9月24日付。「二少女の誘拐犯人 樋口遂に捕は(わ)る 岐阜の雑貨店で」(朝日)、「誘拐魔『樋口』捕はる あれから一週間、岐阜付知町で」(毎日)、「誘拐魔樋口捕る」(読売)と各紙同じような見出しに。事件記事としては変則だが、流れが分かりやすい朝日の記事は――。

【岐阜発】21日午後3時30分、長野県・松本駅発名古屋行きの下り列車に、住友令嬢誘拐犯人・樋口芳男(22)が乗り込んだと、警視庁並びに長野県警察部の手配を受けた岐阜県刑事課では、中央線並びに支線一帯を同日夜から一斉に検索したところ、22日、岐阜県恵那郡付知町、上見旅館に宿泊を頼んだが断られた男がおり、各戸を検索したところ、雑貨商・小倉信一方に泊まり込んだことが分かり、23日朝11時に付知署員が犯人を逮捕。身柄は中津署に送り、取り調べることになった。令嬢は無事で、別に健康を害している様子もなく、同署に保護されている。

「中津署」は「中津川署」の誤り。読売には自供内容が載っている。

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 犯人樋口は直ちに中津川署に連行。取り調べ中だ。樋口は(日本)女子大付属豊明国民学校6年生、清水家次女(14)を誘拐したのも自分であるとすらすらと自供。次女を連れ歩くうち、同女の口から「私の家より住友さんの家の方がお金をたくさん持っています」と言われ、狙ったのだと称している。住友家長女を誘拐後、捜査の手が身近に迫るので、大胆にも20日、松本から警視庁宛てに、捜査本部を解散せよ、そしてそれを新聞に掲載せよ、でなければ長女を殺すと威嚇の手紙を出し、さらに22日、新聞紙上で捜査の手急なるを知り、名古屋から住友家にも、長女と一緒に心中すると手紙を出し、捜査を打ち切らせようと図ったことを自供。しかし、張り巡らされた捜査網はしょせん逃れられぬと観念。長女と木曽山中に隠れようと中津川駅に下車、付知までやってきたと言っている。

「二少女の誘拐犯人逮捕」の記事(朝日)

「いま読んだ新聞の記事とそっくりな姿」の男女が列車に…

 朝日では、樋口はこう述べている。「3年前の松平令嬢の時、無実の罪で起訴された。その警察のやり方に反感を覚え、刑務所を脱走。警察を嘲弄(ちょうろう=ばかにしてからかう)しようと思った。それには、富豪や大物の娘を誘拐して社会へ挑戦しようと思ったのだ」。逮捕のきっかけについての記事も同紙にある。

 樋口逮捕の殊勲は、長野県西筑摩郡吾嬬村、藤原アキさんという老婆の第六感と機知によるものであった。

 

 アキさんは21日午後3時30分松本発列車に乗り込み、新聞の誘拐事件を読み、樋口や住友家長女の人相、服装などを詳しく読み終わったところ、列車が塩尻駅に滑り込み、前の座席に11~12歳の娘が飛び込んできた。「ねずみ色の帽子に下駄履き」など、いま読んだ記事とそっくりな姿にぎょっとすると、間もなく続いて乗り込んできた22~23歳の男が、これまた右目の下にほくろ、口端のおでき、国民服と、全く新聞の記事通りの服装に「間違いなし」と見極めをつけ、三留野駅に入った汽車から転げ落ちるように飛び降り、駅前駐在所に届け出た。