加納はあまり表に出たがる人物ではない。というか、山岡のようなプログラマーネームを使って活動しているわけではない以上、本名を晒して活動することはリスクを伴う。
それもあって山岡のようにブログで発信をするというようなことも、してこなかった。
とはいえこれだけの偉業を成し遂げたのだ。
良くも悪くも、話題になるに違いない。
優勝したGCTを公開するとき、加納はその覚悟を固めていた。
しかし予想外の反響に……加納はむしろ拍子抜けする。
ほぼゼロだったのだ。批判も、そして賞賛も……。
「謎の開発者とか言われてますけど、単に取材が1件も来なかっただけなんです(苦笑)」
将棋ソフト開発への注目度の低さ。
特にディープラーニング系に対してはそれが顕著だった。導入が難しかったこともあって、プロ棋士も研究に用いることへ消極的だった。
「あの千田先生ですら『Threadripperを買ったばかりなので……』と、GPUを購入してディープラーニング系のソフトを導入することにためらいを感じている様子でした。だったらプロ棋士に普及するのは難しいんじゃないかと……」
「だから藤井聡太先生がディープラーニング系を導入していたと聞いて、逆に驚いてしまって」
「GCTが相掛かりを最も指していたのは昨年の11月頃。ちょうど藤井先生が相掛かりを指し始めた頃と一致しますし、インタビューでもその頃にディープラーニング系のソフトを使い始めたと……」
将棋そのものに対しては興味を持ったことがなく、プロ棋士が登場する対局中継なども見ない加納だったが、スーパースターの発言によって風向きが変わってくるのは感じていた。
「今年5月に公開したモデルだと、相掛かりはあまり指さなくなっているんです。弱点だった振り飛車の棋譜を学習した結果、矢倉や角換わりがメインになっていると思いますが、藤井先生も最近は相掛かりよりもそちらを指すようになっていて……もしかしたら、影響があるのかもしれないなと」