しかし加納は、やねうら王そのものに対しては、さほど思い入れがあるわけではない。
だから山岡の言葉をストレートに受け取った。
「水匠に勝てれば、他のソフトにも勝てるんじゃないかと考えたんです」
加納は、圧倒的な強さを誇っていた水匠を仮想敵とし、その対戦成績を上げるようGCTをチューニングしていった。
山岡も加納も、将棋についてはほぼ知識がない。山岡に至っては勝率と正解率だけを見ており、dlshogiがどんな戦型を使い、どんな戦い方が水匠に対して有効なのか等の知識は全く意識の外にあった。
「山岡さんや、それにやねうら王の磯崎さんは、『前のモデルに対して55%くらい勝てるようになったら、強くなったと言っていいだろう』みたいな感じで育てていたと思うんです」
一方、加納は別の育て方をしていた。
「評価値グラフを見ていました。学習させるたびに水匠と対局させて、序盤で不利になれば、そこを強化する。中盤がダメならそこを強化。終盤がダメならそこを……という感じで」
「そうやって評価値グラフを見ていると、逆転を許しやすいタイミングとかがわかってくるので」
AobaZeroの棋譜を学習することで、GCTの序盤は向上した。また、入玉に関する弱点も、不安はあるものの一応克服することができた。
しかしCPUを使うソフトの強みである終盤で逆転されてしまう。そのためには、さらなる学習の必要があった。
加納が目を付けたのは、dlshogiの教師データだった。
だが、先輩後輩の間柄とはいえ、ライバル同士。山岡がデータを提供してくれるかはわからない……。
ちょうどその頃、ハードウェアの向上というタイミングがあったことが、運命を大きく変えた。
「A100というGPUが出ることが確定して、以前から『これを使うことができればもっと強くなるんじゃ?』と思い、情報を検索していました。それがちょうど電竜戦の数週間前にAWSで使用できることになったんです!」