「山岡さんは本人も言ってますが、裏方に徹するタイプだと。だから私は賑やかしというか、そういうところで貢献できたらと……」
「仕事ではECサイトへの導線をどうするかといったことも行っているので、そういう面(集客)で貢献しようと。Discord上で杉村さんの提案した告知用の画像について改良案を提示したり……他の開発者の方々からボコボコにされましたが(笑)」
加納はNNUE系の開発者たちと積極的に交流することで、ディープラーニング系の技術者だけで固まるのではなく、オープンに開発する環境を整えていった。山岡のようにブログで技術を公開するのも重要だが、親しく言葉を交わし合える雰囲気作りも重要だと、加納は感じていた。
後述するが、これは加納が初めて選手権に出場したときの経験も影響している。
ところで、第1局で出現したバグのことを、加納は知っていたのだろうか?
「いえ。全く知りませんでした」
「ただ……私はずっと水匠を仮想敵として対局を繰り返してきましたが、A100を使わなくても、低スペックのノートPCだけで勝ててしまう場合が意外とあったんです」
「全体的な傾向としてディープラーニング系のほうが終盤で逆転されることが多いのも事実ですが、逆にNNUE系を頓死させることもあって。そういうことが起きたのかなと思ったんですが……」
第3局は、dlshogiの圧勝だった。
初手でdlshogiが角道を開け、それだけで評価値で147という数字を付けた時点でもう、開発者たちには勝負の行方が見えているようだった。
先手番を持ったdlshogiへの信頼感は既にそのレベルに達していると、彼らの醸す空気が何よりも雄弁に物語っていた。
「基本、dlshogiが優勢のまま勝ちきるという『勝ちパターン』でした。ここから逆転されることはないだろうと。開発者のみなさんも雑談のほうに熱中していて(笑)」
角換わりに進むと、水匠は序盤からずっと千日手の筋を読み続けている。
そんな水匠を尻目に、dlshogiは自身の有利を着々と積み上げていく。
そして76手目に水匠がようやく千日手ではないと気付いた時にはもう、その差は挽回不可能なまでに開いていた。
それでも水匠は、自らの強みであり、ディープラーニング系の弱点とされる終盤での逆転を目指して、王手をかけ続ける。
人類ならば頓死していたかもしれない。
だが、dlshogiは水匠の鋭い攻めを全て紙一重でかわすと、長手数の詰みをしっかりと読み切って勝利した。
総手数183手。
しかし勝負は水匠が千日手筋を読み始めた12手目にはもう、終わっていたといえる。