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「撮影所から追い払われた私たちが数時間後、入門を許可されて撮影所へ入ってみると、ポツンと強制執行の立札が一つ立っているだけだった。たったそれだけのことで、一見何の変わりもない撮影所だったが、この時からこの撮影所からなくなったものが一つだけある。私たちの心の中から、この撮影所に対する献身的な気持ちがなくなってしまった」。「蝦蟇の油」で黒澤明監督はこう打ち明けている。黒澤は山本嘉次郎、谷口千吉らと話し合って「映画芸術協会」を結成。作品発表の場を東宝以外に求めた。「野良犬」を新東宝で、「醜聞」を松竹で、そして「羅生門」を大映で作り、世界的な名声を得る。

 第三次争議から73年。当時存在していた大映も、争議から生まれた新東宝も、そして、争議後に製作を再開し、石原裕次郎らの活躍で一時代を築いた日活もいまは映画会社としては存在しない。日本映画の観客動員は1958年の約11億人をピークに減少。テレビの普及などで「娯楽の王様」としての地位を失っていく。いまや映画の製作や配給、興行の形態も大きく変わった。そうした変化の萌芽は東宝争議の際にあったような気がしてならない。

【参考文献】
▽「別冊1億人の昭和史 昭和史事典」 毎日新聞社 1980年
▽竹前栄治「GHQ」 岩波新書 1983年
▽田中純一郎「日本映画発達史Ⅲ 戦後映画の解放」 中公文庫 1976年
▽伊藤昌洋「映画少年」 作品社 2001年
▽伊藤雅一「霧と砦 東宝大争議の記録」 連合通信社 1965年 
▽井上雅雄「文化と闘争 東宝争議1946―1948」 新曜社 2007年
▽高峰秀子「わたしの渡世日記 下」 朝日新聞社 1976年
▽堀川弘通「評伝 黒澤明」 毎日新聞社 2000年
▽岩本憲児編「日本映画史叢書(11)占領下の映画―解放と検閲」  森話社 2009年
▽「東宝二十年史抄」 東宝 1954年
▽渡辺銕蔵「反戦反共四十年」 自由アジア社 1956年
▽小林一三「逸翁らく書」 梅田書房 1949年
▽三宅晴輝「小林一三伝」 東洋書館 1954年
▽黒澤明「蝦蟇の油」 岩波現代文庫 2001年

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 生々しいほどの強烈な事件、それを競い合って報道する新聞・雑誌、狂乱していく社会……。大正から昭和に入るころ、犯罪は現代と比べてひとつひとつが強烈な存在感を放っていました。

 ジャーナリスト・小池新による文春オンラインの人気連載がついに新書に。大幅な加筆で、大事件の数々がさらにあざやかに蘇ります。『戦前昭和の猟奇事件』(文春新書)は2021年6月18日発売。

戦前昭和の猟奇事件 (文春新書 1318)

小池 新

文藝春秋

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