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連載昭和事件史

2021/11/21

「六法全書をタテに徹底的に闘う」

 当時、法定利率は日歩50銭(0.5%)、月1割5分とされていた。朝日は山崎社長が事実を認めていると書いたが、読売の記事には本人の談話が付いている。

 学生社長山崎君は「この仕事を実業界進出第一歩として始めたので、試練の意味での“人生劇場”と思っている。東大法学生として自分が研究した刑法知識では、われわれのやったことは決して違反とは考えられない。六法全書をタテに徹底的に闘う」とうそぶいていた。

山崎はなぜ貸金業に足を踏み入れたのか

「法定金利とされているのは、国の臨時金利調整審議会にかけておらず、大蔵省の違法行為」というのが山崎の主張だった。このころ、国鉄(現JR)9万5000人の人員整理が発表され、「光クラブ」摘発翌日の7月5日には下山定則・国鉄総裁が行方不明に。翌日轢死体で発見される「下山事件」が発生した。

 世の中が騒然としている中、「週刊朝日」7月31日号の「ニュースストーリー」は「現代のファウスト―あげられた“学生社長”―」と題して「角田秀雄」の署名記事で山崎が貸金業に足を踏み入れた経緯や生い立ちを詳しくつづっている。ファウストは悪魔と契約を結び、富と快楽を手に入れる、ドイツの詩人ゲーテの戯曲の主人公だ。

(1)昨年10月、客として中野の金融会社を訪れた山崎は、そこに勤めていた三木と知り合った。かねてから法律的な知識を生かして金融業の合理的経営をもくろんでいた山崎は、三木を女房役にして、身の回りの物を売ってつくった1万5000円(現在の約15万4000円)を資本金に貸金業をスタート。ほとんど広告費に使って名前を売った。

(2)事業は軌道に乗ったが、営業部長を務めていた男が金を使い込んだので解雇した。ところが、金を返さないので、子会社の社長の元テキ屋らとともに暴行、脅迫。相手がヤクザを使って金を脅し取ったことから訴訟合戦となって会社の実態が明るみに出た。

(3)光クラブの債権者、債務者の間では、摘発されたことについて「金貸しはみんなあんなもの」「ああいう機関があるのは、金を動かそうと思う人々には銀行よりもありがたい」などの声がある

学生時代の山崎晃嗣(「週刊朝日」より)

父は現役市長、母はバイオリニスト

 記事はこう述べて山崎の個人的な経歴を書いている。

 彼は(千葉県)木更津市長、医博・山崎直氏(65)の四男に生まれた。兄弟5人の末弟で、3人の兄はいずれも父と同業の医者となっている。母親夫沙子さん(58)は上野(の東京)音楽学校(現東京芸大)を出て、つい最近も市の女学校の演奏会で(バイオリンで)シューベルトを弾いたそうである。父君は政治的手腕はともかく、何よりも人格者として地元の信望を集めている。つまり、同家は木更津きっての名門ということになろう。

 彼は(旧制)一高から東大に進み、いま法学部法律学科の3年。その成績は20科目中、「優」が11、「良3」。まず優秀者の部類に入ろう。在学中のいわゆる学徒出陣で入営したのが昭和18(1943)年。復員当時は陸軍の主計少尉となっていた。

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