残した銀行通帳に残された残高
自殺した社長室には遺書1通のほか、「高利貸の述懐」と題した書きかけの手記があり、中には「ハマグリ変じてスゞ(ズ)メに、東大生変じて高利貸となること」(5枚)などの“井原西鶴ばりの”メモが残されていたとしたうえで、次のように締めくくった。
「残した銀行通帳には、残高2700円(同約2万1000円)が記入されているだけであった」
朝日には別項で遺書が載っている。
一.ご注意。検視前に死体に手を触れぬこと。法の規定するところなれば、京橋警察署に直ちに通知し、検視後、法に基づき解剖すべし。死因は毒物は青酸カリ(と称し入手したるものなれど、渡した者が本当のことをいったかどうかは確かめられたし)。死体はモルモットとともに焼却すべし。灰と骨は肥料として農家に売却すること(そこから生えた木が金の成る木か、金を吸う木なら結構)
二.望みつつ心安けし散るもみじ理知の命のしるしありけり
三.出資者諸兄へ。陰徳あれば陽報あり。隠匿なければ死亡あり。お疑いあればアブハチとらずの無謀かな。高利貸冷たいものと聞きしかど、死体さわれば氷カシ(貸―自殺して仮死にあらざる証。依而件如)
四.貸借法すべて清算カリ自殺、晃嗣。午後十一時四十八分五十五秒呑む。午後十一時四十九分(この後5、6字判読できず)
「依而件如」は「よってくだんのごとし」。内容は“西鶴ばり”というより、韜晦(本心などを隠すこと)というのか、“毒”があって理解し難い。
同じ朝日紙面の「人生は劇場だ 戦後学生の一典型」という署名記事は実質的な山崎の評伝だ。大学の「優」の数は17に“訂正”しているが、週刊朝日7月31日号を引用。ヤミ金融を始めたのは「自己の能力を客観化」しようという動機だったらしいとしたうえでこう述べている。
「現代の世相において、自己の頭脳と才能を思う存分試してみたいと、いわば秀才の行き過ぎた自負心ともいうことができよう。しかもその対象にヤミ金融を選んだことが、全ての物事を現実的に実用主義的に考える戦後学生の一つの気質を表すものということができる」
記事は「彼はある意味では、この暗い現実に真実を求めた一人の不完全な理想主義者だったかもしれない」とした。
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生々しいほどの強烈な事件、それを競い合って報道する新聞・雑誌、狂乱していく社会……。大正から昭和に入るころ、犯罪は現代と比べてひとつひとつが強烈な存在感を放っていました。
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