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連載昭和事件史

2021/11/21

占領の転換期を迎えていた日本

 1948年は連合国軍(実質的にはアメリカ軍)による日本占領の転換期だったとされる。日本は敗戦直後から激しいインフレと経済の不安定に苦しんだ。アメリカ政府は対日占領政策を、当初の二度と戦争を起こさせないための非軍事化から、日本を経済的に発展させる方針に方向転換。冷戦の進行もあり、日本経済を自立させて米国からの援助の負担を軽減する目的だった。

 アメリカ政府は、占領軍トップのマッカーサー元帥を押しのけて日本の安全保障と経済にコミットする方針を固め、1948年12月18日、「経済安定9原則」を日本政府に実施させるよう指令した。「政府歳出の削減による均衡予算の達成」「徴税の強化」など9項目の中に「金融機関融資の抑制」も含まれていた。復興債の乱発でインフレの元凶とされた復興金融公庫を廃止するなど、公的融資を抑制し、金融は民間に委ねる意向だった。

混乱する日本社会で横行した「ヤミ金融」

 5日後の12月23日には、東京裁判で有罪となった東条英機・元首相ら7人のA級戦犯が処刑されている。9原則は1949年4月に出た「ドッジライン」で確定。一方、街ではヤミ金融の横行が社会問題になっていた。

私設銀行をヤリ玉 二週間で資本が四倍

 銀行の貸し出し抑制や税金旋風などのため急に激化した金づまりにつけ込み、最近全国各地で巧みに偽装した“私設銀行”が出現。今後ますます増える傾向にあるので、大蔵省ではついに全国的摘発を決意。まず手始めに、最近金融筋で名の売れている二大私設銀行をヤリ玉にあげた。

「光クラブ」などの私設銀行が摘発のやり玉にあがった(朝日)

 1949年3月20日付朝日は3面左肩でこう報道。広島の2つの業者の内容を紹介した後、こう続けている。

 私設銀行は昭和7、8年の不況当時、東北地方で相当あげられたが、最近は金づまりの深刻化とともに続出しているにもかかわらず実体をつかんだものは全然なく、実に16年ぶりの摘発で、このほか目下監視中のものに東京都中野区本町通4ノ38、株式会社光クラブ(社長・東大法科生山崎晃嗣氏)があり、また相当大きな活動をしているものは都内に2つ、全国的には約十数社があると当局はみている。