受付スタッフのいないマリンタワー
「……意外とでかいな」
5階建てはありそうなその建物は、質素な町には似つかわしくない雰囲気をたたえていた。バブル期には、俗に“ハコモノ”と呼ばれる市民会館や運動施設などが数多く建てられたが、この施設もその一種のようだった。
《○○マリンタワー》
Fさんは日差しを避けるようにガラス戸を押し開け、掠れた文字でそう書かれた建物に入っていった。
「ごめんくださーい……」
チリンチリーン
扉に取り付けられたベルの音が1階フロアに鳴り響いたが、受付スタッフはおらず外同様に人影はなかった。それどころか通路の脇にはゴミ袋らしきものまで積まれており、ところどころ白い塗装が剥げかけたモルタルの壁の雰囲気と相まって、何だか廃墟のような様相を呈していた。
「なんなのこの町……」
Fさんは少々訝しがりながら、バブル期の空気が残るその建物を歩き回った。掲示板にはポスターが何枚か貼られていたがどれも色褪せており、かろうじて読める「○○開催」という日付は数年前のものだった。
歩き疲れたのもあり、1階の一角にある埃のかぶったベンチに座って、持ってきた飲み物を飲んでいたFさんは、あるものに気がついた。
《オーシャンビュー!! 5階展望室へ!!》
「あー、マリンタワーってそういう……」
Fさんは飲み物をリュックにしまうと、展望室を目指した。
360度ガラス張りの展望室
カチッ
半信半疑で押したエレベーターのボタンは意外にもキチンと光ってくれ、ゴーッという音とともにエレベーターが降りてきた。
チーン…ガーッ
少々カビ臭い空気はしたがエレベーター内はキレイで、パネルのボタンには《直通 5階展望室》と書かれていた。
ガーーーーーッ
エレベーターが緩やかに昇り始める。
チーン…ガーッ
期待はしていなかったがここにも人はいなかった。だが、360度ガラス張りの展望室にはFさんも少なからずテンションが上がった。
「おー! オーシャンビュー」
そう呟きながら辺りを歩いているうちに、Fさんは窓際でワンコインタイプの双眼鏡を見つけた。100円玉を入れると数分ほど遠方が見られるというアレである。
実は、Fさんはフィールドワーク用に双眼鏡を持っていたので、わざわざ100円を払う必要はなかったのだが、閑散としたタワーを歩くうちに何かしらのイベントを欲している自分に気がついた。
「100円で、3分ね」
財布を取り出してカチャンとコインを投入する。
日差しが水面にきらめく雄大な景色。正直冴えなかったこの町だが、ここからの景色はなかなかよかった。
だが、きれいな水面やそこに浮かぶ島も、しばらく見るうちにありきたりな景色に思えてきてしまい、Fさんはぐるりと双眼鏡を動かして脇の山の方を眺めてみた。
海より多少見ごたえのある山々を舐めるように見ているうちに、Fさんは人だかりのような何かが一瞬視界に入ったことに気がついた。
(文=TND幽介〈A4studio〉)
【#2に続く】