メールやLINE、TwitterなどのSNSからマッチングアプリにいたるまで、現代日本において文章を介して他人とのコミュニケーションをとる機会は少なくない。一方で自身の思い通りに文章を操れる自信を持つ人は決して多くないだろう。
ここでは、ライターの安田峰俊氏が学生やサラリーマンの仕事と人生を切り開く「かつてない文章術」を紹介した『みんなのユニバーサル文章術 今すぐ役に立つ「最強」の日本語ライティングの世界』(星海社)の一部を抜粋。eメール黎明期から現在までの「メールマナー」の変遷を振り返る。(全2回の1回目/後編を読む)
◆◆◆
お世話をしたおぼえもないのに
現代のビジネスメールの定型句のなかで、意味不明かつカッコ悪い言葉の筆頭は「お世話になっております」だろう。
あえて偏見に満ちた書きかたをすれば、背中がシワくちゃの安物のスーツを着て指紋がベタベタついたメガネをかけているおじさんが、謎の薄笑いを浮かべて首から先だけでペコペコしているような、パッとしないイメージがどうしても目に浮かぶ言葉である。
そもそも、相手にお世話をした覚えもないのに、なぜそんなことを言われなくてはならないのか。これから世話になりたいのだろうか。ろくに付き合いもないくせに、一方的にお願いしてくるとは何様だと思うのだが。
いっぽう、多用されすぎて空疎なイメージがあるせいで、本当に平素からお世話をしている相手から「お世話になっております」と言われたとすると、逆によそよそしく感じて、お世話をする気がなくなりそうな気がする。
「お世話になっております」は、虚礼のくせに「礼」としての美しさや丁寧さがちっとも感じられないのだ。実に中途半端な言葉ではないだろうか。
しかし、現代日本の社会人がこの言葉をまったく使わないことは困難だ。現在の私はフリーランスなので、メールの定型句をほとんど使わなくても上司に怒られたりはしないのだが、それでも自分の送信フォルダをチェックすると、10通に1通くらいは「お世話になっております」と書いている。
他の社会人の使用率はもっと高いはずだろう。積極的にこの表現がすばらしいと思っているというより、「昔からある書きかただから」「それがマナーだし……」と、むしろ定型句を使わずにメールを書くことを避けるがゆえ、という人も多いかもしれない。
さておき、たとえ茶番めいているとしても、ビジネスにメールを使うかぎり、私たちが定型句的な表現と完全に訣別することはむずかしいようなのだ。