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やがて「お世話になっております」がLINEやSlackの会話でも常識に? ビジネスメールの”ムダな挨拶問題”をマジメに考える

『みんなのユニバーサル文章術 今すぐ役に立つ「最強」の日本語ライティングの世界』より #1

2022/01/26

「お世話になっております」の起源

 ところで、「お世話になっております」に象徴される日本のメール定型句は、いつ確立したのだろうか。

 紙の手紙については、先述の「拝啓」式のフォーマットが100年以上前から使われてきた(江戸時代までは「一筆啓上」だった手紙の頭語が、明治10年ごろから徐々に「拝啓」に置きかわったらしい)。ともかく、明治時代に生まれた手紙文の格式に「お世話になっております」という現代風の文体が入りこむ余地は薄いだろう。

みんなのユニバーサル文章術 今すぐ役に立つ「最強」の日本語ライティングの世界』(星海社)

 そこで考えられる仮説のひとつは、1980年代にビジネスの現場に普及したファクシミリやパソコン通信のメール機能のなかで、「お世話になっております」がひろまった可能性だ。事実、すこし年上の人に当時のファックス文章のマナーを聞いたところ、本当にお世話になっている親しい取引先には、この書きおこしの文章を送っていたという――。

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 しかし、お世話になっていない相手や初対面の相手にまで「お世話になっております」と無差別に挨拶する習慣が定着したのはもっと後のようである。

 日本社会でインターネットが一気に普及したのは2000年前後の数年間だ(1998~2002年の5年間で、ネットの人口普及率は13.4%から54.5%に激増している)。民間企業でのメールの利用率も、2000年ごろには8割を上回った。

 こうした風潮を受けて、メールの文例集も数多く刊行された。図書館で手に取って読んでみると、日本のネット黎明期のビジネスメールの実例を確認できる。

 たとえば2002年6月刊の『最新版 会社文書・文例全書』(日本実業出版社)は、メールの書きかたをこう指南している。

 通常文書の頭語、結語、前文、安否の挨拶、感謝の挨拶、起語は不要です。

 しかし、Eメールも手紙ですから挨拶は必要で、Eメールをやりとりする親しい関係先との間では、(1)こんにちは、(2)お元気ですか、(3)いつもお世話になります、(4)前略、ごめんなさい、などは許されるとしても、初対面の相手には、やはりそれなりにふさわしい挨拶が必要になります。

(『最新版 会社文書・文例全書』476ページ)

 この本の著者は、「いつもお世話になります」(お世話になっております)は略式の挨拶であり、親しい関係先としか使わないという認識を持っていたようだ。先のファックス文書のマナーと同じような位置づけだったのだろう。