「もうあんなところは嫌だよ」
「その飲み屋の仕事をつづけていればよかったのに」
「親父が病に倒れたときに店を閉めたんですよ」
「そうなんだ」
「実の父親は遊び人で身勝手な男だったみたいですが、年取ってからは角が取れて、いかにも人柄のいい感じでした。でも頑固さは失っていなかったようで、ときどき腹が刺すなんていって苦しんでいても病院に行かず、正露丸を1度に10粒ほど口に放りこんで、ほら痛みがおさまったなんて笑っていました。だけど、やがて痛みに耐えられなくなり、やっと病院に行ったときには末期の胃がんでした」
「……」
「2年前に親父が亡くなって、また飯場に逆戻りですよ。だけど、もうあんなところは嫌だよ。どこの飯場に行っても必ず頭をポカリとやられるんだ。態度が悪いとかインネンをつけられて」
いじられるキャラ。どこで暮らしても、さんざんいじめられたのだろう。一瞬、泣きそうな顔つきになったが、すぐに薄日が差すような笑みに変えた。そして自分の不幸を笑い飛ばすように、大口を開けてゲラゲラ笑いだした。
「飯場暮らしだけが人生ではないでしょう。せっかく更生施設に入ったんだから、思い切って就職してみたら?」
「就職ですか……」
「会社勤めは嫌いなの?」
早い者は入所後1カ月前後で就職先を見つけるというのに、彼は4カ月を過ぎてもまだ一度も会社の面接を受けたことがないのだという。技術力のまったくない底辺労働者暮らし。そこから抜けだすのは容易ではないだろう。
毎日のように訪ねてくるように
「ほんとうは生活保護がいいんだけど、健康でどこも悪いところがないので困っているんですよ」
「まだ30代だろ? 生活保護って年齢ではないよ」
「失礼な。これでも今年46歳ですからね」
「そんな年齢なの? 立派に中年じゃないの」
「そうですよ」
「だけど、若く見られて失礼なはないだろ」
「そうですね。喜ぶべきですね。アハハハハ……」
白い歯を覗かせて、楽しそうに笑っている。
やがてショーコーは、2号室の私のところに毎日のように訪ねてくるようになった。ベッドの隅の指定席に腰を下ろすと、さっそく彼は火がついたように喋りだした。口から先に生まれてきたというか、よく燃えるたき火のように饒舌である。話の内容はとりとめなく、飯場のことを語っていたかと思うと、つぎには台東寮の話というように、とにかく話題がピンポン玉のように跳ね飛ぶ。頭に浮かんだことをそのまま喋っているのである。
「1号室だけ2段ベッドで14人も詰めこまれているんですけど、なぜだかわかります?」
父親が亡くなった直後から伸ばしはじめたという長髪をかき上げながらいった。