「会社というよりも、普通の商店でした」
「仕事って、店員さん?」
「いえ、商店の2階で鶏肉やモツを串に刺すだけの単純な作業なんですよ。それを、あちこちの焼き肉屋に卸しているみたいで」
肉を串に刺す仕事と聞いたとたん、昔読んだことのある『赤目四十八瀧心中未遂』という長編小説が脳裏に浮かんだ。この作品で、車谷長吉は直木賞を受賞している。
「10年ほど働いていたブラジル人が母国に帰ることになり、従業員の欠員ができたので募集したといってました」
就職するか否か
就職するかどうかで迷っている顔つきをしている。
「そのブラジル人は男性?」
「ええ、そうです」
「なら、従業員は女性ばかりということになるね。それに串に刺すだけなら、椅子に座ってできるから楽でいいね」
小説の主人公は、陰気な室内でたったひとりで作業していた。
「2階の作業場をちょっとだけ見たんですけど、2人とも立って串を刺していました」
「……」
「結構、きつい仕事だと思いますよ。それに、生肉の匂いもするだろうし……」
「おいらの代わりに就職します?」
「だけど、就職すれば飯場に行く必要がなくなる。飯場暮らしをやめれば殴られることもない。ごく普通の生活が送れるよ。それに、職場は女性ばかりなんだから楽しいと思うよ。まさに両手に花というやつだ。羨ましいね。代わりにこちらが就職したいぐらいだよ」
「ひとりは60代で、もうひとりは70代ですよ。花というよりも、化け物に近いかな」
「あっ、そうなの」
「おいらの代わりに就職します?」
「いや、やめとくよ。臭いの苦手だし……」
「おばさんたちのことですか?」
「違う違う。鶏肉やモツのことだよ」
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