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「ほんとうに働く気があるんですか?」

「ええ、いっぱいけちをつけられましたよ。2カ月ほど前の夕食のときのことですけど、早く食堂に行きたいので部屋を出て階段のところで待っていたんです。すると岸川が現れて、『どこで待っているのですか。そこは部屋ですか』なんて嫌味をいわれましたからね」

 部屋順に食堂に向かう規則になっているので、職員が来るまで室内で待機しなければいけない。

「それは仕方ないよ。規則を守らなかったあんたが悪いんだから」

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「でも、もっと穏やかに注意するなら文句はないけど、言い方が問題ですよ。それから別の日には、おいらの長髪を見て、『髪を切らないと、どこにも就職できないですよ。ほんとうに働く気があるんですか?』と睨まれましたからね、最悪の女ですよ」

 話しながら頭をぼりぼり掻いているので、長い髪からフケが雪のように舞い落ちている。

「ミス台東寮も容赦がないな」

「ミス台東寮って、岸川のことですか?」

「そうだよ。ほかに対抗馬っている?」

「いないですけど……。だけど、ほめ過ぎですよ」

「それよりも、いっぱい彼女からけなされたとのことだけど、ほかにもあるの?」

「そのほかにはですね、入浴のあとパンツ一丁で浴室を飛びだしたら、運悪く岸川に見つかってしまい、『あんたは原始人か』とまたまた睨まれました」

「確かに原始人はきついね」

 笑いが込み上げてくる。

「そうでしょう。いくら顔がよくても、あれでは……」

「だけど注意してくれるってことは、よくなる可能性を感じているからだよ。どうでもいい宿泊者には、注意さえもしなくなるからね。そうなったらおしまいだよ」

「もしかしたら岸川のヤツ、おいらに気があるのかな?」

 目を細め、両頬が笑みでぷくぷくしている。

「そうかもね」

 それだけは絶対にないと断言できる。

自室に戻る合図

 長話は同室者の迷惑になる。嫌な思いをさせずに出て行ってもらう方法はないかと考えていると、数日前に買ったバナナが残っていたのを思いだした。貴重品棚のうえから取りだして「食べる」と聞くと、「バナナは大好物なんですよ」という返事がもどってきた。

「これをあげるから、自分の部屋で食べてよ」

 残っていた2本を渡すと、握りしめて2号室から出て行った。それからは、4本100円のバナナを買い置きすることにした。そして頃合いをみて渡すと、「そろそろ自室に帰ってよ」という合図になった。バナナが目の前に現れると、彼は満足そうな笑みを浮かべて引き上げていった。

 6月17日の昼少し前、ショーコーはドアから半分だけ顔を覗かせて泥棒猫のように室内の様子をうかがったあと、抜き足差し足、忍び足で入って来た。なかなかに芸達者である。もしお笑いの世界や役者の道に進んでいたら、存分に天分を発揮できたのではないだろうか。少なくとも、生活保護など考えなくてもいい生き方ができたはずである。

 パントマイムのような軽妙な動きで少しずつ近づいてきて、ベッドの傍らに立つと、いたずら小僧そのものといった感じでいきなり大声を上げる。