「なんだ、年寄りをびっくりさせんなよ。心臓麻痺を起こしたらどうするのよ」
「ほんとうは、とっくの昔に気づいていたでしょう?」
中学生の頃から少しも年を取っていないような笑顔である。
「いや、全然。ドアのところから覗いていたなんて、少しも気づかなかったよ」
「やっぱり見てたじゃないですか」
ショーコーはゲラゲラ笑ったあと、急に真剣な顔つきになった。
食品加工会社へ面接に
「実は今日の午後2時に面接を受けることになりました」
いつになく神妙な面持ちでつぶやいた。無精ヒゲをきれいに剃っている。
「やっと就職する気になったようだね。いいことだ」
「職員の武田さんから説教されたんですよ。いつまでもただ飯を食ってごろごろしていないで、ここに面接に行けって、ハローワークの求人票を渡されました」
いっこうに仕事を探そうとしないので、見かねた職員が怠け癖のある彼の尻を叩いて職に就かせようとしているのだ。
「どんな会社なの?」
「食品加工会社って書いてました」
自慢の長い髪をかき上げながらいった。
「よさそうな会社じゃないの」
「従業員は男性ひとりに女性が2人の会社です」
「小さな会社なんだね。でも、従業員が少ないほうがいいと思うよ。ヘンな従業員がいる確率が低くなるんだから。根性の悪い先輩がいると地獄だよ」
会社は中央区人形町にあるのだという。
「面接にはネクタイにスーツ姿で臨みますよ。この写真と同じ黒いスーツです。もう借りてますからね」
履歴書に貼りつけた写真をバンバン叩きながら叫んだ。あまり乗り気でなく曇っていた顔が、いつのまにかにこにこ顔になっている。気持ちの切り替えが早いのも、彼の特徴だった。
「髪を切ったら、採用する」
「この暑いのにスーツはないだろ?」
「でも、武田さんが身なりをビシッときめて行けって」
「スーツでなくても、清潔な格好ならいいんじゃないかな。ただ、足もとは必ず靴をはかなきゃな。サンダルじゃ駄目だよ」
夕方、ショーコーが背広姿で顔を見せた。面接の興奮が収まっていないらしく、顔がてかてかしている。
「おっ、似合うじゃないの。どこの会社員かと思ったよ。それで、面接はどうだった?」
「髪を切ったら、採用するといわれました」
「それなら採用されたようなものだよ。それで、どんな感じの会社だった?」