昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

スターと暮らせば

「正解を教えてよ」とプロデューサーに冗談で言ってみたら…北野大(79)が振り返る『クイズダービー』、他の番組との“決定的違い”

北野大さんインタビュー#2

2022/02/05

 ビートたけし(75)を弟に持つ、大学教授、工学博士の北野大(79)。

 報道番組のコメンテーターやクイズ番組の回答者など、テレビ出演でも活躍してきた大氏は、現在秋草学園短期大学にて学長を務めている。

『クイズダービー』出演時の様子、テレビに出るようになって知った弟の凄さについて話を聞いた。(#1〜#3の#2/#1をから読む)

現在学長を務める秋草学園短期大学にて、取材を受ける北野大さん

◆ ◆ ◆

『クイズダービー』、他の番組との“決定的違い”

ーー1988年6月からは『クイズダービー』のレギュラー回答者になられて、さらにお茶の間に顔が知られるようになりました。同年2月にゲスト回答者として出演されていますが、これが抜擢の決め手にもなっていたのでしょうか。

北野大氏(以下、北野) 私の収まった1枠は、それまで篠沢(秀夫)先生が11年以上やられていたんですが、先生の後任を探しているなかで、私がたまたまゲストで出て「使えそうだな」って思ってくれたんじゃないですか。リハーサル代わりになったというかね。

ーーとはいえ、3枠のはらたいらさんと並ぶ番組の顔であった、篠沢教授の後任を務めることへのプレッシャーは相当にあったのではないかと。

北野 誰とは言えないですけど、あるゲストの回答がすべて不正解だったんです。そうしたらえらく不機嫌になっちゃいまして、普段は番組が終わると全員でお茶でも飲むんですけど、さっさと帰ってしまったんですよ。

 なんだか、私は気になってプロデューサーさんに「3択の問題だったら、正解を教えたって誰もわからないんじゃない? せっかくゲストで呼んで、全問不正解にして不機嫌で帰すのも気の毒でしょう。ついでに、私にも答えを教えてよ」って冗談で言ったんですよ(笑)。

 そうしたらプロデューサーさんは、「北野さん、正解なんてできなくていいんだ。そんなの期待してない」と。「正解には個性が出ない。間違えるから個性が出るんだ。我々は、その個性を大事にしているんです」って言われまして。正解に関しては、はらさんがいるからいいんですよね。それで気が楽になりましたね。

 私なんか、正解できなかったほうだったし。ウィキペディアに出ているみたいですけど、正解率が3割ないそうで(笑)。

 

ーー大さんが引き継いだ1枠は、一発逆転枠になっていました。それが可能になるような、いわゆる“やさしい問題”は出されるものだったのでしょうか。

北野 これが、まったく出ないんですよ。番組が始まる前に、巨泉さんや他の回答者の方たちと世間話をしていたら、そのなかに出てきた話題が、たまたまその日に出る問題と被っていたんですって。そうしたら、本番で問題を他のものに差し替えたって聞きました。

 そんなことがなぜできたかというと、音声で問題を出していたから。今のクイズは、みんなビデオで出しているけど、『クイズダービー』はほぼ口頭のみで出題されていたので、いくらでも変えられたんです。

 景山民夫さんを筆頭に、問題を作る座付き作家が5人くらいいまして。聞いた話だと、毎週、1人20問ずつ作ってきて、そこから7問を厳選していたそうです。それに加えて緊急で差し替える場合の問題も用意して。それだけしっかりしていたから、問題には相当な自信も持っていたと思いますね。

 ほんと、忖度みたいのはなかったですよ。逆に理系の問題が出ても、正解できないとかっこ悪くてね(笑)。