公認心理師である長谷川博一氏は、自殺した女子中学生の母親とカウンセリングをする中で、家族関係の歪みに気づく。
なぜ女子中学生は自ら命を落としたのか。母親との2回に及ぶカウンセリングでのやり取りを紹介します。
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いじめがあったかもしれないという疑念
公立中学校に通う2年生の女子生徒、紗季さん(仮名)が自ら命を絶ったのは、夏休み明けの月曜日の朝、自室のベッドの上でした。その知らせはすぐに母親から学校に届きました。
「学校でなにか変わったことはありましたか?」
母親からそう問われ、教師たちの脳裏に、いじめがあったかもしれないとの疑念がよぎります。母親の要望に沿い、他の生徒たちには、紗季さんは転校することになったということだけが知らされました。
翌日、急きょホームルームが開かれ、校内放送で校長から「いじめじゃないかと思ったら先生に報告すること」を趣旨とする話があり、紗季さんのいじめに関する無記名のアンケート調査が行われたのでした。
「本当に転校なのか?」といった問い合わせも
調査の結果、いくつかの疑わしいことが浮上してきます。アンケートの自由記述欄に、次のような記載が見られたのです。
「筆箱がないと言ってた」
「体操服が汚れていた」
「うざいって言われていたのを聞いた」
「本に落書きがあった」
「ほかの中学の人ともめていたみたい」
他方で、
「よく笑っていたし、いじめられてたとは思わなかった」
「変わったところはなかった」
「夏休みもふつうにLINEしていたので驚いた」
と、いじめを全く感じさせないようなことも多く書かれていました。
ごく狭い範囲でいじめが行われていたのか、それともいじめとは関係のない事故だったのか、学校は判断と対応に方向性を見出せなくなっていきます。他の生徒の保護者から「紗季さんはいじめられていたのか? 転校の原因はいじめでは?」「本当に転校なのか?」といった問い合わせも入ってきました。
在籍している生徒に自殺が生じると、学校はその対応に苦慮を強いられます。第一に、いじめなど学校に関係する悩み事が原因になっていたとしたら、重大な責任を担うことは必至です。いじめの場合はなおさらで、そこに加害生徒への指導が加わります。他の生徒たちの動揺を鎮め、精神的なケアも進めなくてはなりません。