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 ただ、実現できるかは微妙だった。伊藤が新人王戦優勝を決めた時点で、藤井は竜王戦での豊島将之への挑戦が始まっており、王将リーグや他棋戦も含めたスケジュールは過密を極めていた。

新人王戦決勝戦での伊藤匠四段_写真提供:日本将棋連盟

 例年、記念対局は12月上旬に行われるが、竜王戦が第6局、第7局までもつれ込んだ場合、開催時期が重なってくる。だが主催側の赤旗新聞は「伊藤四段の希望を叶えてあげたい。開催時期が少し遅くなってもかまいません」とした上で、将棋連盟に藤井三冠(当時)との記念対局を申し出た。対局を受けるかどうかは、棋士本人の判断である。後は藤井の返事を待つのみだった。

 2021年11月13日、第34期竜王戦第4局に藤井が勝ち、4-0のストレートで豊島将之から竜王位を奪取した。その6日後、11月19日に伊藤のもとに連盟からメールが届く。藤井竜王との対局が決まったことを伝えるものだった。初の10代同士の記念対局が実現した。

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記念対局は「貴重なことなので、嬉しかったです」

――竜王戦の4-0というスコアをどう見ますか。

伊藤 そうですね……、自分の口からはなんとも言い難いのですけども、今の藤井さんの実力からすれば、そういう可能性もあるのかなと感じてはいました。

――記念対局が決まったときの気持ちは?

伊藤 藤井さんと対局できるのは貴重なことなので、嬉しかったです。竜王戦が4局目で決まったので、もしかしたらとは思っていました。

――これまでの対局で一番報道陣が多かったのでは?

伊藤 確かにそうですね。始まってしまえばあまり変わらないのですが、なんと言っていいのか、普段と違うものはありました。(映像での中継があったので)立ち居振る舞いも少し気を遣いました。

――やりがいの大きな対戦だったと思います。

伊藤 それはやっぱり藤井さんが相手というのが大きいです。長時間の将棋で対局できるのは本当に貴重な経験ですから。とても勉強になると思っていました。私が先手であることが決まっているので、作戦は立てていました。

――周りの人からは対局が決まって何か言われましたか。

伊藤 楽しみにしていますみたいな感じのことは言われました。棋士の方々からですね。他の人とはあまり交流がないので(笑)。

――永瀬王座からも?

伊藤 いいえ、永瀬先生はそういうことは言わないです。

「ここで終わりにするわけにはいかなかった」

 当日、伊藤は開始20分前に対局室に入ったが、すでに上座に藤井が座っていた。普段と違ったのは部屋の奥に多くの報道陣が控えていたことだ。自分の所作に視線が集まるのを感じて、緊張が走った。