中学生になった頃から、学校生活に馴染めなくなった。いつも一人で教室の席に座り、棋書を読み、詰将棋を解いていた。時々クラスメートが話しかけてくることはあったが、自分から話の輪に加わることはない。学校の勉強に時間を割いたわけではないが、成績は悪くはなかった。
2年生になってクラス替えが行われると、学校に行きたくなくなった。部屋に籠って将棋の勉強は続けていたが、1日を規則正しく過ごしていたわけではない。
さすがにそれが何日も続くと、家族が心配してきた。母親とは何度か口論になったが、自分の意思で通学する気はないと言った。家から出るのは月に数回、奨励会の仲間との研究会くらいになる。彼らといる時間は楽しかった。
自分でも(このままじゃ、まずい)と思った
1学期が終わる頃になっても、状況は変わらなかった。担任の先生は心配して定期的に家に電話をくれて、家でどうしているのかを聞いてきた。
自分でも(このままじゃ、まずい)と思った。夏休みが終わって2学期が始まった頃、学校に戻る決心をする。
「行かなければと思ったのは、世間体を気にしたからです。さすがに中学くらいは出ないとまずいという、それだけの理由でした」
ずっと休んでいたので、初日は少し緊張した。周囲も驚いたかもしれないが、特に何かを聞かれることはなかった。それまでのように休み時間も席に座って、棋書を読んでいた。
クラスの男子たちが寄ってくることもあった。
「何読んでるんだよ?」
正直、放っておいてほしいが、相手をしないわけにはいかない。
「将棋? 面白いのかよ。ちょっと見せて」
なされるがままに本を渡すと、パラパラとページをめくる。興味なさそうな顔をして、彼らは離れていった。
やはりこの場所よりも、将棋界の仲間といる方が自分には居心地がいい。
秋になると同い年の藤井聡太がプロデビューを果たした。62年ぶりに最年少棋士記録が更新されたニュースに世間は沸いた。藤井が勝ち続けると、それまで将棋の話題を取り上げなかったメディアまでが連盟に押し掛けるようになった。学校でも、誰かがそんな話題を口にしていた気がする。だが世間の反応は自分には関係なかった。
「早く棋士にならなければ」
その思いだけが強くなった。