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 19歳同士の対局を間近で観戦した渡辺は言う。

「藤井竜王は周囲とか相手に気を遣われる印象があるのですが、伊藤さんとの感想戦はとても楽しそうでした。最後は『逆転されていたかも』という言い方をしたのですけど、それは伊藤さんへのフォローの気持ちだったのかもしれません。指し手からすると、余しているのはわかっていたんじゃないでしょうか。

 やはり10代の将棋は人の心を揺さぶりますね。自分の力を信じて対局に打ち込んでいる姿は眩しく美しい。自分にもかつてあった無限の情熱を思い出しました。

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 この二人は、本当に強いです。私の棋力では彼らの差がどうなのか、結果からしか測れないのが残念ですけども」

「それをノータイムで指せるのかと思いました」

――AIでの研究は性に合っていると思いますか? 時間をつぎ込んでいくのは大変なことだと思います。

伊藤 突き詰めることが好きなので、自分には合っていると思います。若いうちでないとこういう作業に没頭するのは難しい気がしています。歳を重ねるごとに他にやらなければならないことも増えてくるでしょうし、今のうちにそういう部分は磨いておく必要があると思います。

――将来、もしかして将棋の結論が出る日がくるかもしれない。そういう時がきても、将棋を指し続ける気持ちは失せないですか。

伊藤 どうでしょうね、その結論が自分にも理解できるものなら、指し続けるのは難しくなる気もします。でも、そこまで辿り着けるかどうか。確かに数年前に比べると、かなり定跡の進みは速くなっていますが、将棋自体がそこまで解明されることはないんじゃないかと高を括っています。

 

――勝ちたいという意識と将棋の真理を知りたいという意識は?

伊藤 盤に向かっているときは勝ちたい意識が強いように思います。普段の研究の段階だと、どちらかというと最善を尽くしたいという意識が勝る感じですね。

――藤井竜王の「AI超え」と呼ばれる手をどう見ていますか。

伊藤 ちょっと思いつかないような手もあって、そういうのは率直にすごいなと思っています。竜王戦第4局の最終盤で、豊島先生が大長考に沈まれた後、藤井さんが5六桂と捨てたのを見て、それをノータイムで指せるのかと思いましたね。やはり藤井さんの強さが際立ったシリーズという気がします。特に持ち時間の長い将棋だと付け入る隙が見当たらない。

――藤井竜王と将棋の話をしてみたいですか。

伊藤 話してみたいですね。棋士ならではの会話があるでしょう。基本的には技術的なところの方が関心は強いです。藤井竜王の活躍や指した将棋の内容を見ていることで、私自身の将棋への興味がより強くなっていきます。どこまでいってもモチベーションが尽きないというか。本当にありがたい存在です。

ーー最後にこれまでの人生で大きな出来事を3つあげてください。

伊藤 やっぱり将棋を始めたことと、奨励会に入ったこと、棋士になったことですかね。パッと思いつくことだと。

写真=野澤亘伸

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 伊藤匠四段ら藤井聡太竜王と同世代の棋士たちの姿を描いた群像ルポ「藤井時代か、藤井世代か」は、好評発売中の文春将棋ムック「読む将棋2022」に掲載されています。どうぞあわせてお読みください。

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