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連載日の丸女子バレー 東洋の魔女から眞鍋ジャパンまで

2022/03/12

source : 文藝春秋

genre : スポーツ

「チームに帰してください」

 深夜、葛和が洗面所で洗濯をしていると、熊前がぼーっと立っていた。身体を硬直させたまま、消え入りそうな声で言った。

「私は全日本にふさわしくありません。チームに帰してください」

「ここはポーランドだぞ。どうやって帰るんだ」

 葛和は、延々と説得を続けた。

「結局、その日は深夜の3時ぐらいから喋り続け、『どうや、もう一度頑張ってみろ』『はい』という返事を聞いたのが朝の10時。だけど、それ以降もあいつは何度か逃げ出そうとし、そのたびに他の選手がつかまえに走った。全日本を背負う意識のかけらもなかった」

シドニー五輪最終予選時の熊前知加子さん(右) ©文藝春秋

 ヨーロッパ遠征が終了し、解散する時に葛和は期待をこめて熊前に告げた。

「お前、いいか。次の合宿からは、殴られても蹴られても頑張れ。絶対に辛抱せえよ」

 再集合直前になって所属チームから電話が入った。熊前が全日本入りを固辞しているという。

 葛和は呆れる。

「熊前に対する僕の期待を理解せず、『殴られる』『蹴られる』という言葉だけ頭の中でリフレインしていたみたいです。僕は女性に手をあげることはしない。でも、裏を返せば、それだけ素直な選手ということ。本気で指導すれば絶対に伸びると確信したんです」

 当初は、ほかの選手たちの意識も同じようなものだった。主将の多治見は頭を抱えた。

「かつての全日本は怖いほどピリピリしていたから、この温(ぬる)さをどうやって引きしめればいいのか、毎日悩んでいました。もっと五輪経験者がいればうまく伝えることも出来たんでしょうけど、経験者は私とイク(大懸)だけ。しかも私たちはアトランタでは最年少組だったので、日の丸を背負う気概をどう伝えたらいいのか自信もなかった」

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