昨年あたりから、各レーベルによる旧作邦画のソフト化が物凄いことになっている。
折に触れてDIGや東映ビデオは取り上げてきたが、今度は東宝だ。山本迪夫監督による和製ゴシックホラーの傑作「血を吸う」シリーズがまとめて二枚組のBlu-rayで発売されたのだ。それだけでも素晴らしいことなのだが、目を凝らしてパッケージを見て、ぶったまげた。保護色のように隠れて、山本監督のもう一本の映画もその二枚組の中に収録されていたのだ。
それが今回取り上げる『悪魔が呼んでいる』。シリーズ第一作『血を吸う人形』と同時期に作られた、これまた完成度の高い一本だ。なかなかお目にかかれない作品だっただけに、これはありがたい。
「血を吸う」が吸血鬼という怪物の恐怖を描いているのに対し、本作は、主人公が理不尽きわまりない状況に追い込まれる不条理な恐怖。
主人公のユリ(酒井和歌子)は出社していきなり会社からクビを言い渡され、それを報告した友人には絶縁され、帰宅したらアパートを出ていくよう言われる。しかも、全て理由もなく――。上映時間にしてわずか十分ほどの間に、突如として襲いかかる怒濤の展開が、まず不穏さ満点だ。加えて酒井の爽やかで可憐な感じとのギャップが、その理不尽さをさらに強めている。
その後もユリへの理不尽は止まらない。空き巣に入られるわ、再就職に失敗するわ、泥棒を疑われるわ、謎のサイコ男(藤木孝)と結婚させられるわ、その男は殺されるわ――。さらに拉致された挙句に指名手配犯として報道されてしまう。
彼女の身に何が起きているのか。なぜこんな目に遭うのか。誰がなんのためにこんなことをしているのか。
物語の終盤になるまでその説明は全くなされないまま、大げさな表現を排した淡々としたシュールなタッチで、ユリがひたすら追いつめられる様が描写される。そのため、得体の知れない謎めいた恐怖が冷たく迫ってきた。
途中からはユリをめぐる悪党たちによる大争奪戦が展開され、その後に一連の理不尽の真相も明らかになる。それを知った段階では「なあんだ、そんなことか」――と少しだけ落ち着くのだが、そこから展開はさらに加速して、ラストまでノンストップ。危機また危機の連続で息もつかせぬ間に、時間が過ぎていく。
そして、ラストに待ち受けるどんでん返し。最後の最後に至るまで、一秒たりとも気を抜けない、最高級の心理サスペンスに仕上がっている。
小作品ではあるが、実は日本でもヒッチコックに負けず劣らずの「巻き込まれ型」スリラーが作られていたのだ。