「誰それはこう言っているけど、本音はどうなんだろう」
眞鍋がニヤニヤしながら言う。
「選手にはそれぞれ担当コーチがいるので、たとえば、竹下の機嫌が悪いと報告があれば、川北に心のキーを持ってフォローに行かせる。川北が『ダメでした』となれば、『じゃあ、安保、お前が行け』。安保が『僕も無理でした』となれば、じゃあ、やっぱり僕が行くかって。僕は一応、選手とは長いこと会話を重ねてきたので、全員の心のマスターキーを持っていますから、僕がガチャンと開ける。でも、オリンピック直前の頃にはその必要もなくなりましたけど」
眞鍋がコーチそれぞれに選手の心のキーを預けたことによって、コーチ陣と選手の間の溝が消えた。眞鍋らスタッフ陣が、選手らに気づかれることなく、彼女たちの心のひだに分け入るまで綿密にサポートし続けたのには理由がある。眞鍋が言う。
「試合だけでなく、日々の練習から最高のコンディションとモチベーションで取り組んでほしいからです。気持ちも身体もいい状態でないと技術は高まらない。身体に劣る日本が世界に勝つには、1日たりとも無駄な時間を過ごすことは出来ないんですよ」
競技を問わず、日の丸を背負った団体競技のチーム作りは難しい。選手にはそれぞれ所属チームがあり、代表はそれぞれのエース級が集まった即席チームである。そこで「チームのため」という号令のもと、個々が磨き上げてきた技術や個性、あるいは経験から培った矜持をも封じこめなければならないことが起こる。選手個々の何がしかの犠牲を伴うことが、日本代表の「チーム力」の側面でもあった。かつての女子バレーでも、練習のやり方一つとっても、所属チームの流儀を通そうとしてギクシャクした場面が何度もあった。
眞鍋のアプローチはまったく逆だった。選手の個性を伸ばし、さらに殻を外し続けた。大友が言う。
「以前は、ナショナルチームというのはこういうものだという一つのフレームがあって、そこにみんながはまろうとしていた。でも眞鍋さんは、みんなが自分に対してもっと積極的に追求していいんだという考え方だったし、むしろ自分を出すことを要求された」
選手が個性を発揮することによってほかの選手と生まれる摩擦を、コーチ陣は日々観察し、ミーティングで報告し合いながら、問題になる前にその芽を摘み取っていった。
長年、全日本でトスを上げ続けてきた竹下は、このチームにはストレスがなかったと断言した。
「誰それはこう言っているけど、本音はどうなんだろうと、腹の探り合いをする必要がなかった。だから、無駄なエネルギーを使う必要がないし、若い選手たちも伸び伸びと練習だけに集中できたんだと思います」