「被告は幼年、監獄に入り、出獄後も不良少年となった先天的悪人で、悔悟の余地はないと信じる」
次の7月3日の公判では秋山検事が論告求刑を行った。内容は7月4日付東日朝刊が最も詳しい。弁護人の尋問に対して明はあらためて「電流は殺すつもりで仕掛けたのではないが、いまとなってみれば、悪いことをしたと思います」とうなだれた。その後の論告は社会的影響を前面に出していた。
本件は満都を震駭させたが、事実は簡単明白で、被告に殺意があったかどうかの点について、被告は警察の調べと予審で自白しながら、当法廷では否認した。しかし、被告は疑いなく、仕掛けを用いて家人を殺し、逮捕に来た巡査もこれに触れて死ねば、悠々仕事に取りかかれるとした。被告は幼年、監獄に入り、出獄後も不良少年となった先天的悪人で、悔悟の余地はないと信じる。
ことに東京市などは電気は重要な生活資料であり、その電力を使って生命を奪うに至っては、一刻も安心することができない。この意味において厳罰をもって被告に臨み、犯罪を防がねばならない。相当の法条を適用して死刑に処してもらいたい。
警察・検察の立場から、電気を使った模倣犯が現われるのを危惧したと思われる。「この論告に対し、被告は『決して無理とは思いません。どうせ命は助からぬものと既に覚悟して、自殺を図ったくらいです』とうつむいた」と東日の記事。
弁護人は「被告の自白による予審調書は信頼するに足りない。刑法上において被告の犯行は能力がないもので、殺意に疑いがある。殺人の罪を被告に負わせるのは厳しすぎる」として極力軽い罰を求めた(7月4日付読売朝刊)。
判決の扱いは驚くほど小さく…
同年7月8日の判決は検察側の主張を認めて求刑通り死刑。そのころ重病に陥った皇族・有栖川宮の病状に大きく紙面を割いたため、各紙の扱いは驚くほど小さく、掲載しなかった新聞も。7月9日付東日朝刊の記事は――。
被告は絣の筒袖に絞りの兵児帯を結び、両手を囚人箱(被告席)の縁に置き、うなだれたまま、判決文を読み聞かされた。死刑の宣告とともに濃い眉毛はピリピリと動き、両眼は血走って固く唇を結び、黙って手錠、編み笠姿で看守に引き立てられて退廷した。
ある程度予想されたとはいえ、ショックの大きさが分かる。同じ日付の時事新報の脇見出し「最後の言渡を聞てギューの音も出ず」は、いくらなんでもひどい。正直に言って、盗みに入るために一家や警官を殺そうとしたとは考えられない。本人にそれほどの決意があったとは到底思えない。
それでも、人が感電死したことを知っていたと供述したのが決め手になっての死刑判決。そこには電気が社会に普及した中で、犯罪に悪用されることは防ぎたい。そのためにも厳罰を、という為政者側の狙いが判決に集約されたというべきだろう。