将棋にこだわってきた観光地・天童市の名にかけて
村山さんは窓口として将棋連盟に何度も「お願いします」と交渉してきたが、前向きな返事はもらえていなかった。竜王のスケジュールが厳しいのは想像に難くない。棋士がイベントに参加する場合、対局スケジュールの他に連盟の公務、移動日や体調管理を考慮しての調整が必要になる。藤井竜王への出演依頼は全国から届くが、日程上その8割から9割は難しいのが実情だ。
2月上旬には出演棋士を決定しなければ開催の準備が間に合わない。やはり藤井竜王を天童に呼ぶのは無理なのか――。そんな諦めムードが漂い始めたとき、山本市長が言った。
「私が将棋連盟に行って、直接お願いしてみよう」
2月3日、山本市長と村山さんが東京渋谷区の日本将棋連盟へと向かった。事前に市長が訪れることは連盟に伝えていたが、佐藤康光会長は翌日に関西でのA級順位戦を控えて移動しており、鈴木大介常務理事が対応することになっていた。
このときの胸中を山本市長はこう語る。
「天童市は将棋にこだわった街づくりを進めてきました。駒作りを見学できたり、歩道に詰将棋がプレートされたりしていて、観光に訪れた人たちが将棋を身近に楽しめるようになっています。ホテルではタイトル戦の雰囲気を味わうことができる。将棋連盟との関係はこれまでも深いものがありました。最終的に良い返事をいただけるはずと、信じていました」
藤井竜王の予選対局が少なかったことが幸いし
天童市はこれまでタイトル戦の他にも全国中学生選抜将棋選手権大会などを開催し、将棋普及に大きく貢献してきている。山本市長は毎年連盟を訪れて、市と将棋界との結びつきを強めてきた。
鈴木常務理事は市長の来訪に際して、イベントの行われる4月に予定されている藤井竜王の対局、連盟の公務等の日程を調べていた。愛知県から山形への移動を含めれば2日間が必要となる。現在の状況であれば、藤井竜王のスケジュールを空けることは可能だろう。しかし、手合課から対局日程が厳しくなると言われれば諦めなければならない。今年、天童市にとって幸運だったのは、藤井竜王が五冠を保持したことにより、春先に行われる予選対局が少なくなっていたことだった。
当日、山本市長と村山さんを前に鈴木常務理事は言った。
「人間将棋の開催日に、藤井竜王のスケジュールを合わせられそうです。本人に参加を確認してみますが、連盟としては万全の調整をするつもりです」
二人は頭を下げながら、鈴木常務理事の言葉を噛み締めた。天童市が将棋普及のために尽力してきたことを、連盟が認めてくれていると思った。常務理事の言葉は本人への確認をとってからというものだったが、藤井竜王の出演に確信に近いものを感じていた。