「藤井竜王は来てくれそうなのか?」
山本信治市長に聞かれて、商工観光課課長の村山秀和さんは返答に困った。将棋駒の日本一の生産地として知られる山形県天童市では、毎年4月中旬に「天童桜まつり」が開かれ、そのイベントの目玉として人間将棋が行われる。その出演棋士の交渉を村山さんが任されていた。
東北に春を告げる一大行事、期待高まる藤井竜王の出演
「実は、あまりいい返事をもらえていないんです。将棋連盟には何度かお願いしているのですが、藤井竜王のスケジュール調整が大変らしく、コロナ禍の状況もあるので、まだはっきりとしたことはわからない感じです」
市長からは庁舎で顔を合わせる度に、交渉の進捗を聞かれていた。これまで将棋連盟と天童市は、タイトル戦の開催や将棋連盟天童支部の普及活動を通して深い関係にある。例年の人間将棋にも、連盟は人気棋士を派遣してきた。だが、藤井聡太竜王の出演に関しては二つ返事とはいかなかった。
村山さんの説明を聞いた山本市長は小さく頷くと、「頑張れよ」と声をかけた。
人間将棋は天童市の代名詞でもある。昭和31年に当時の天童市観光協会が将棋と温泉をPRするために『将棋野試合』として実施したのが始まりだ。毎年その映像はニュースでも流れ、市の知名度アップに大きく貢献してきた。また、単に天童市の祭りというだけでなく、山形県の観光シーズンイベントの先駆けを飾る。舞鶴山の山頂広場に駒武者が居並ぶ光景は、東北に春を告げる一大行事なのだ。
昨年、一昨年とコロナ禍のためイベントが中止されたため、今年は3年ぶりの開催になる。実行委員会は1月下旬から2月上旬に参加棋士を確定し、駒武者の成り手を募集しなければならない。
村山さんは言う。
「これまでは、出られる棋士の方は将棋連盟の方にお任せしてきました。私たちの方で指名させていただくことはしなかったんです。でも今回は地元の天童支部や観光物産協会の方からも『藤井竜王しかいないでしょ!』という声が強く上がっていました」
コロナ禍の影響は、天童市の観光にも深刻な影響を与えていた。ホテルや旅館は予約が入らず、週の半分近くを休業しているところも多かった。飲食店は客が来ない日が続いている。人間将棋の再開を成功させることは、苦境にある観光事業を活気付かせるためにも必要なことだった。