1956年(61分)/東映/Amazonプライムでレンタル可能

 たまに時代劇の新作映画が公開されるので観てみると、どうも口に合わないことが多い。というのも、かしこまった印象を受けてしまうからだ。とにかく、堅苦しい。

 折に触れて本連載や著書で述べてきたことだが、時代劇とは大衆エンターテイメント。気軽に楽しめる作品はもっとあってほしい。面白ければ、何をやっても許される。その自由さこそが魅力なのだから。

 たとえば、今回取り上げる『水戸黄門漫遊記 人喰い狒々(ひひ)』は、その好例だ。

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 水戸黄門といえば、助さんと格さんたちをお供に前水戸藩主という身分を隠して全国を漫遊、行く先々で悪代官や悪徳商人たちを倒していく「世直し」ものとして知られる。最終的には、葵の印籠を見せて身分を明かすことで悪党に土下座をさせて一件落着だ。

 が、これはあくまで一九七〇年代以降にテレビシリーズで確立されたパターン。その前に東映が作ってきた映画では、さまざまな敵に対峙する。

 その中でも本作は凄い。なにせ、水戸黄門が戦う相手はタイトルの通り「狒々」。人ではない。そのため、印籠を見せたところで何の意味もない。

 では、どうするか。もちろん肉弾戦あるのみ――だ。

 一行が訪れたのは信州七日市。当地では三日に一度「甲武信岳の権現さま」から白羽の矢が放たれ、矢の立った家からは若い娘を生贄として山に差し出すことになっていた。

 見かねた黄門(月形龍之介)は身代わりを申し出て、自ら女装して山中へ。その際、早々に自らの正体を明かすところは、テレビ版を見慣れた方には新鮮に映るだろう。

 真相は邪教団の仕業だった。重病に苦しむ藩主を救いたい家老が、「若い娘の生肝が効く」という教祖の言葉を信じてしまい、権現を騙って娘たちを餌食にしていたのだ。

 片手にドクロを抱く老婆という、教祖の出で立ちも禍々しくて素晴らしい。また、娘たちを幽閉する地下牢も「インディ・ジョーンズ」に出てくる洞窟のようで、「怪しさ」も「妖しさ」も抜群だ。

 教団は「太郎」という人喰い狒々に娘たちを襲わせていた。観客には太郎の姿を見せず、娘たちの悲鳴だけで表現する演出が恐怖を煽る。その描かれ方は、オカルト映画か古典ホラー映画。太郎が雷鳴とともに姿を現す場面もそう。

 狒々とは思えない、巨大な怪物に立ち向かうのは助さん格さん――と思いきや、なんと黄門自身。この怪物を単身で追いつめていく。怪物以上の押し出しを見せる姿は、さすが剣豪俳優・月形だ。

 こうした野放図なエンターテイメントができるのも、時代劇の強み。作り手たちはもっと活かしてほしいものだ。

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