そうしてできた醤油を、震災から2年後の2013年、初めて全国醤油品評会に出品すると、最高賞の農林水産大臣賞に選ばれた。

 この賞を取るのがどれだけ難しいか。清酒の全国新酒鑑評会と比べれば分かる。清酒の鑑評会は2021年度、出品された新酒826点のうち、最高賞の金賞となったのは205点だった。ほぼ4分の1が受賞できた計算になる。

 一方、醤油。渡辺さんが受賞した2013年は、263点の出品に対して、最高賞の農林水産大臣賞は4点だった。ごくひと握りしか選ばれない最高峰なのである。

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 初出品で受賞した渡辺さんに対しては「まぐれではないか」と評する声もあったが、翌2014年も大臣賞に輝いた。2016年と2017年にも受賞して、5年間に4回も最高賞を与えられるという快挙を成し遂げた。2019年には次席の農林水産省食料産業局長賞を受賞している。

 研究の成果や開発した技術は、他の蔵から「学びたい」という申し出があれば、「切磋琢磨して皆で美味しい醤油を造っていこう」と惜しみなく教えた。渡辺さんは福島県の醤油業界でも頼られる存在になっていった。

看板に歴史を感じさせる山形屋商店

台風、感染症…再び暗転の日々。そして…

 ところが2019年10月、農林水産省食料産業局長賞に選ばれたという知らせが届いた直後から、山形屋商店の運命は再び暗転していく。

 同年10月12日~13日、台風19号が静岡県に上陸し、福島県にかけて縦断した。さらに10月25日には集中豪雨が発生し、相馬市では2週間のうちに2度も水害に見舞われた。山形屋商店も浸水被害に遭い、原料が水没するなどした。

 2020年には春先から新型コロナウイルス感染症が全国で蔓延(まんえん)し、飲食店や旅館が休業を迫られて消費が落ちた。山形屋商店の経営ももちろん悪化した。

 そうしたさなかの2021年2月13日、福島県沖を震源とする地震が発生し、相馬市は震度6強に見舞われた。

 その約1年後の2022年3月16日の午後11時36分、また震度6強の地震に襲われた。

「最初は突き上げられるような揺れでした。これは震度5弱だったようです。その2分後、さらに大きな揺れが起きました。すさまじく左右に揺さぶられ、もうダメかと思ったほどでした」(渡辺さん)

 相馬市内では「震災、2021年の震度6強、そして今回の震度6強と、揺れの激しさがどんどん増して、地震のたびに被害が拡大している」と指摘する人が多い。