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独ソ戦勝利の裏にある“後ろ暗いもの”

小泉 あの独ソ戦での勝利の裏に、いろんな後ろ暗いものがあったんですよね。“ナチズム”という人類的な悪を倒したとロシア人はすごく誇りに思ってるけど、その陰でスターリンが自国民をどれだけ殺したり、強制移住させたりしてたんですかと。そういうことをロシア人はなかなか非難できなかった。

 特にプーチンは、ソ連崩壊後のロシアのアイデンティティを「ナチスを倒した国」というところに求めたので、余計言いにくくなっている。これは私たちを含めた西側の人間の責任だと思いますけど、ロシアはシリアやチェチェンで、現在のウクライナでの暴虐と、同じことをずっとやってきたんです。

片渕 それを我々は批判しなかった……。

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小泉 たぶんプーチンが考えてるのはルーシの民とかスラブの民とか、そういうことなんだろうけど、そんなことをいっても結局、ウクライナにある「小さな片隅」をぶち壊しまくっているわけですよね。こんな戦争が、プーチンの望む成果をもたらすわけがないと思うんですけどね。スターリンにしてもプーチンにしても、為政者ってそんなふうになってしまうんですかね。

主人公すずの家の畑から戦艦「大和」の停泊する呉軍港が見える『この世界の片隅に』のワンシーン。一人ひとりの人生と戦争はまさに地続きで繋がっている

片渕 まぁ、一人ひとりの人生なんて考えてられないという立場なんでしょうね。ぼくらのようにものをつくったり描いたりする側は、一人ひとりを見つめていくという立場なので、正反対な立ち位置なわけです。

小泉 彼らはたぶん「片隅」があるということ自体が頭の中に入ってこないのではないかと。その時に「片隅」はあるぞ、こういう人たちが生きてるぞ、ということを描くのが物語の力なんじゃないですかね。

片渕須直(左)、小泉悠

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※本記事は、2022年5月31日に「文藝春秋digitalウェビナー」で行われた対談を一部抜粋、改稿したものです。

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こいずみ・ゆう

 1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。東京大学先端科学技術研究センター専任講師。ロシアの軍事研究が専門。2019年、『「帝国」ロシアの地政学「勢力圏」で読むユーラシア戦略』でサントリー学芸賞を受賞。著書に『ロシア点描』『プーチンの国家戦略』『軍事大国ロシア』など。

かたぶち・すなお

 アニメーション映画監督。1960年、大阪府枚方市生まれ。日本大学芸術学部映画学科在学中から宮崎駿監督作品『名探偵ホームズ』に脚本家として参加。TVシリーズ『名犬ラッシー』(96)で監督デビュー。

 TVシリーズの『BLACK LAGOON』(06)では監督・シリーズ構成・脚本。監督作に『アリーテ姫』(01)、『マイマイ新子と千年の魔法』(09)、『この世界の片隅に』(16)、『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(19)など。現在、清少納言をテーマにした新作を制作中。