「ハルピン新市街と露国美人のダンサー」の裏側にあった“思惑”
当時の旅行案内書には、ロシア料理のレストラン、バレー劇団、ロシア音楽のコンサートのほか、ロシア人ダンサーが彩る夜の歓楽街も紹介される。ロシア人女性が踊るショーは日本人男性の人気を集めたといわれ、「哈爾賓新市街と露国美人のダンサー」のように絵はがきに登場する。
舞台で演じる役なのか、左上にある楕円形の枠に収まった女性は髪が黒く、アジア風の雰囲気を漂わせる。また、満洲国時代に発行された絵はがきのタトウ(収納袋)「享樂の国際都市ハルピンを味ふ」ではハルビン観光の象徴として女性ダンサーが描かれる。
黒髪ながら、ロシア人ダンサーをイメージしたと思われる。来日した欧米人が芸者遊びを好んだように、ハルビンを訪れた日本人男性はロシア人のダンスショーに興じていた。かつての“ロシア”に憧れ、目の前の“ソ連”に警戒心を抱くという複雑な感情を覗かせる。
大連や奉天などの絵はがきは日本や日本人街の存在が目立つのに対して、ハルビンは明らかに異なる。好んで“異人”であるロシア人を主人公に描いている。もちろん彼らの高い人口比率が反映し、日本人向けの観光宣伝を狙いとした面はある。
しかし、それだけではない。ソ連国内のロシア人を意識して、在満ロシア人は幸せだとするプロパガンダの一環とも受け取れる。また、彼らを通じハルビンの国際性を際立たせることで満洲国は傀儡国家ではなく、その正当性を訴える意図も見え隠れする。満洲のイメージ戦略において、在満ロシア人は何かと好都合な存在だった。