くぐもった女の声「あけないの?」
なにか、重たいものが入っているような鈍い音を立てて、バッグは床に落ち、閉じたチャックがこちらを向くように横向きで倒れた。
「入ってたよな? 見たよな?」
「感触あったって!」
「ちょっと開けてみろって!」
「ふざけんな自分でやれよ!」
「俺もう絶対触らないからな!」
「俺もやだよ!」
「もういいよ、帰ろうよ!」
――「あけないの?」――
くぐもった女の声が頭上から聞こえた。
ゴンゴンゴンゴンゴンゴン……。
エスカレーターの駆動音と、ぼんやりした有線から流れる曲だけが辺りに響く。
誰も目線を上げられずにいた。
――「あけないの?」――
気のせいじゃない。一同は目線を、声の先、上りのエスカレーターから見える5階に向けた。
長い髪の女が立っていた。
逆光気味なのか真っ黒でよく見えなかったが、確かに女なのはわかった。首にはマフラーを巻いており、夏なのにロングコートを羽織っているようだった。
――「あけないの?」――
ゴンゴンゴンゴンゴンゴン……。
「あ、あけません……」
Fくんがつい返事をしてしまった。
女は黙っていた。身じろぎひとつせずに。
――「でも あけてみないと もっとひどいもの見るわよ?」――
「うわあぁああああ!!」
3人は一目散にエスカレーターを駆け下りてその場を後にした。