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連載春日太一の木曜邦画劇場

犯罪を憎む鬼刑事が迫られる時効直前の選択。罰か人情か!――春日太一の木曜邦画劇場

『人間狩り』

2022/10/11
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1962年(90分)/ディメンション/4180円(税込)

 旧作邦画の魅力として、題名がシンプルであることが挙げられる。端的な言葉の向こうにさまざまなドラマを想像することができるのだ。

 今回取り上げる『人間狩り』は、まさにそんな一本。強烈な字面だけで、観る前から不穏なサスペンスを感じ取ることができ、期待が高まる。

 タイトルバックから早くも期待に応えてくれる。男性の唸り声と女性の悲鳴のような叫び声だけで構成された、異様なテーマソング。その背景に次々と映し出される、現場写真の無残な被害者たちの姿――。何かとてつもないことが起きる予感に満ちている。

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 物語も終始スリリングだ。

 主人公の刑事・小田切(長門裕之)には、冒頭から悪いことが重なり続ける。逮捕した被疑者は裁判で無罪に。長年追い続けてきた顔役の田口(小沢栄太郎)が捕まるも、身代わりを立てて逃れようとする。無罪になることを見越している田口は警察を嘲笑。演じる小沢栄太郎が、最高に憎々しい。捕まってもビクともせず、これ以上ないほどに太々しい表情を浮かべながら、余裕をかまし続ける。いら立つあまり小田切は襲いかかるのだが、その気持ちがよく分るほどだ。さらに、恋人の志満(渡辺美佐子)からは別れ話を持ちかけられる――。

 そんな中、どうせ時効だからと田口はある犯行を自供する。だが、小田切の調査でそれが田口の誤解だと判明。実は時効まであと三十七時間あるのだ。同僚から疎まれる小田切を助けるのは、新人刑事のみ。それでも、小田切は証人を求めて必死に捜査を進める。

「奴らは人間じゃない!」と、犯罪者に一切の情をかけない小田切を長門が好演。鋭い視線、切り口上の口跡が、鬼刑事ぶりを表現する。

 脇役陣も充実している。捜査となれば周囲の迷惑を気にしない小田切を裏でカバーする同期の桂木を演じる梅野泰靖(やすきよ)の温かみ、犯罪者の情婦だった過去と小田切への恋情との間で葛藤する志満を演じる渡辺の凜とした美しさ。さらに、どうでもいい話ばかりで決定的な出来事をなかなか思い出せない北林谷栄の飄々とした芝居に、「早いところコイツを捕まえたい!」と思わせてくれる小沢の悪役ぶり、過去を消して慎ましく生きる犯罪者を演じる大坂志郎の哀愁――と、名優たちが旧作邦画でお馴染みともいえる名人芸を存分に発揮している。

 そうした名演の数々を、松尾昭典監督は乾いたタッチでスピーディに切り取る。犯罪者を憎悪する小田切の過去や、それを踏まえた上で小田切が迫られる「罰か人情か」の選択と、ドラマ性も抜群だ。

 題名にふさわしい、緊迫感あふれる作品だった。

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