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〈原生林を走る道路、頻出するヒグマの気配〉27年前に消えた『大赤字ローカル線』再訪記

27年後の深名線#2

2023/01/15

genre : ライフ, , 歴史

note

無人の道道はクロスカントリースキーの夏季練習コースに

「蕗の台まで12km」という、実用的な交通情報の意味をほとんど持たない案内標識を通り過ぎると、しばらくは白樺の林に囲まれた爽やかなドライブの時間が続く。アップダウンがあって左右のカーブが繰り返されるものの、峻険な山岳地帯を切り拓いて造った道路ではないので、上下各1車線の幅が十分確保されており、舗装状態も良好で走りやすい。

白樺の木々に囲まれた道道688号線上から蕗の台方面を望む

 この道路の先に人の生活圏は皆無なので、他に車が走っているわけがないと思っていたら、ローラースキーを履いて坂道を上っていく人の姿が前方に現れ、あっという間に追い越した。走者のすぐ先に自動車が待機していて、スキーヤーが追い付くのを待っている。どうやら、クロスカントリースキーの選手がコーチと一緒に練習しているらしい。

 他にも、車道を外れたスペースに停めてある自動車を何台か見かけた。母子里に戻った後で地元の人に尋ねたところ、営林署の関係者や山菜採り目的の住民、あるいはイワナやヤマメの渓流釣りに来た人が、森の中に入っていくことがあるという。

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白樺駅跡は今も昔もヒグマの頻出地点

 旧・北母子里駅から5.4km西に位置していた白樺駅の跡は、その名の通り白樺林の中の直線区間から未舗装の脇道をほぼ直角に左折したところにあった。駅前広場だった空間に鉄パイプで組まれた櫓型の足場がいくつか並んでいるため、今も人の出入りがあることは確かだが、何の目的で設置されているのかはわからない。

旧・白樺駅前。鉄パイプで組まれた櫓型の足場が並ぶ。用途不明

 鉄道駅があったことを示すものは何もない。深名線のホームはこの位置から石段を下りた低位置にあったのだが、鉄パイプ櫓の後方は深い熊笹に覆われていて、線路やホームがあった場所の地面は全く見えない。

この熊笹の繁みの中に白樺駅のホームや線路跡が眠っている

 その繁みをかき分けてさらに探索する勇気は、私にはない。この白樺駅跡とその周辺は、旅客駅として営業していた時代からヒグマとの遭遇談がしばしば聞かれたところで、現在でもヒグマの足跡や糞がこの駅跡で目撃されることは珍しくないらしい。

 いちおう、腰にクマよけ鈴を提げて歩き、クマよけホイッスル(笛)をときどき吹き鳴らし、ヒグマの活動時間とされる早朝や夕方は避けるなどの対策はしているが、深い繁みの中に潜んでいるかもしれないヒグマをわざわざ刺激する危険は冒したくない。