あまりに美しい声の「絶世の美女」
評者いわく
この女、(美貌は)玉貔・季妃・西施を欺き、美声は迦陵頻伽のようだ。その通り、加えてそのみだらなことはこの通り。実に恐るべきは毒婦の色気である。璃鶴も非常に美丈夫で、これまで何人もの女を惑わしてきた。災いはついにここまでに至った。遊び人は必ず溺れるもの。問題は遅いか早いかだけだ。
蛇食うと聞けば恐ろし雉子(キジ)の声
「評者」というが、記者個人の感想か街のうわさのたぐいだろう。「玉貔」「季妃」「西施」は、いずれも中国で絶世の美女といわれた女性。「迦陵頻伽」とは、仏教で極楽浄土に住むといわれる想像上の生物。声が非常に美しく、仏の声と形容される。美声の美女という最上級の表現。最後に狂句を置くあたりが教訓めいていて、当時の新聞らしい。
事件の経緯が書かれた公的資料はないと見られていたが…
「夜嵐お絹」が登場する読み物は数多いが、事件の経緯について書かれた公的資料はないと見られていた。
ところが、法制史の権威である霞信彦・慶応大名誉教授は「刑政」1995年4月号に載せた論文「法務図書館所蔵史料にみる『夜嵐お絹』のことども」の中で、法務省所管の法務図書館が所蔵する明治初期の刑事裁判史料の一つ「諸府口書(しょふくちがき)」に、口供書や処断決定書など原田きぬの一件記録が収められているのを発見したと書いている。
しかし、法務図書館の蔵書検索システムではどうやっても該当する史料が出てこない。やむを得ず、同論文で「表現を異にする個所はあるものの、大筋で両者の内容がほぼ一致する」とされた郵便報知新聞1878(明治11)年7月8日付から4回続きの記事を見る。書き出しはこうだ。
毒婦きぬが俳優嵐璃鶴に姦通して主人を毒殺せし科(とが)より斬罪に處せられ、梟首になりしとは、皆人の知るところなるに、先頃魁(さきがけ)新聞紙にて其経歴と積惡(悪)との緒(いとぐち)を記せし後ち(のち)「夜嵐阿鬼奴(衣)花廼仇(婀娜)夢」と題せし草双紙まで物せしが、今記者が探り得し所とは大に異なるものなしとせず。志(し)かし、高(たか)が市井の一姦婦の行跡、且(か)つ極(ごく)の舊(旧)聞なれば、今更雑報欄内を塡(埋=うず)むるは本旨に悖(もと)るとの憚(はばか)りなきにあらねど、若き女の戒めにもと、迷わぬ先の道しるべと老婆心切めかして苟(いささ)か此(ここ)に記す
世間に流布されている説とは違う、と書くのは内容に自信がある表れか。だが、記事は文語体で芝居ががっており、ニュースというより読み物。「に」「が」「は」などは実際は変体仮名が使われ、いまの人には読みづらい。ここからは現代文にして要約する。