「職場には9人の従業員がいました。外国人は私だけでした」
「彼らはとても悪い。心がよくない。仕事をさぼります」
──それはどういうことですか?
「食事介助、トイレ介助、(糞尿を吸った)パッドの交換、ぜんぶ私だけにさせる」
「おじいさんとおばあさんの身体を動かすとき。作業は2人でします。でも、彼らは私1人だけにさせる」
「私は日本語ができないです。不平を言えません」
──だから、あなたは広島から逃げましたか?
「はい。他の人(ベトナムの技能実習生)は、仕事が大変で、給料が安いから逃げます」
「私は仕事が嫌だからじゃない。いじめられたから逃げます」
介護施設の職員による高齢者虐待件数は毎年増加
介護業界は、職場ごとの環境の差異が非常に大きいとされる。専門資格を取得していない介護職員は、就職のハードルこそ低いものの、収入も比較的低くなる。いっぽう、認知症やさまざまな疾患を抱えた高齢者と我慢強く向き合ったり、汚物を処理したりする作業は、慣れないうちは強いストレスを覚える。
介護職にともなうストレスは経験が浅い職員ほど深刻だが、いっぽうで居心地の悪い職場は人材の定着率が低く、人手不足ゆえに長時間労働やサービス残業が常態化する。結果、職場の雰囲気がいっそう悪化するという慢性的な悪循環に陥っていく。
コロナ禍前、介護施設の職員による高齢者虐待件数は毎年増加しており、2019年には過去最多の644件にのぼった(2020年に減少に転じたが、コロナ禍の影響で虐待が表面化しにくくなっただけだとも言われている)。これは一部の極端な例とはいえ、すさんだ雰囲気の職場は確実に存在している。
「みんな、たくさん、いじわるする」
ユキが日本語で言った。
「いじめる、よくない」
彼女の技能実習先もまた、運悪くそうした場所だった。
広島で働きはじめて9ヶ月後、限界を感じたユキは関東地方で仕事を紹介してもらえるという情報を得て、逃げることにした。介護施設を抜け出し、1人で新幹線に乗って茨城県に向かったという。
──あなたの情報源は、フェイスブックのボドイ・コミュニティ(編注:技能実習先を逃亡するなどして不法滞在・不法就労状態にあるベトナム人のコミュニティ)ですか?
「そうです。でも、ボドイ・コミュニティの話はウソが多い」
「ボドイに仕事を紹介する話。悪い人が多い」
──悪い人は日本人ですか?