1935年(92分)/日活/4620円(税込/Blu-ray版)

 今回は『丹下左膳餘話 百萬両の壺』を取り上げる。

 山中貞雄監督は生前からその才能を高く評価されたが、わずか二十八歳の若さで中国の戦地で没している。本作は、そのずば抜けた能力を存分に堪能できる作品だ。

 ただ残念なことに、戦後に時代劇への検閲を強めていたGHQによって終盤の剣戟シーンがカットされてしまっていた。近年になりそのフィルムの一部が見つかる。さらに4Kデジタル技術により修復が行われた。そしてついに、その4K復元版が日活の創立百十周年を記念してBlu-rayとして発売されたのだ。あの傑作を最高のクオリティで家庭にて堪能できるとは。

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 柳生家の当主・対馬守が当地に伝わる「こけ猿の壺」に黄金百万両が埋められた場所を示す絵図面が塗り込められていると知るところから、物語は始まる。が、その壺は弟・源三郎の婿入りの引き出物として与えてしまっていた。対馬守は源三郎から大金と引き換えに壺を取り返そうとするが、源三郎はケチな兄が大金を出すことを怪しむ。使者から真相を聞き出すも、壺は既に妻がクズ屋に売り払っていた。

 壺は長屋の少年・ちょい安(やす)の手に渡る。安の父が命を落としたことで、丹下左膳(大河内傳次郎)は自身が用心棒をしている矢場の主人・お藤に頼んで引き取ることに。

 左膳は右目右腕を失った剣豪で、それまでの作品では暗い影を負ったニヒルな悲壮感あふれる人物として描かれてきた。それを山中は本作で大きく様変わりさせた。父が死んだことを安に伝えられずに困り果てるなど、人情味が豊かで可愛げのある人物として左膳を描いているのだ。

 安を思いやる左膳とお藤の姿が全編を貫き、作品全体を流れる空気はほんわかと温かい。それは良質なホームドラマの優しい味わいがある。

 一方でコミカルさも秀逸だ。「誰があんな子どもにご飯なんか食べさせてやるもんですか」と言ったお藤が、すぐ次のカットで安にご飯を食べさせていたり。安を道場に通わせるか寺子屋に通わせるかで左膳とお藤が大喧嘩したすぐ次のカットでは、もう安が読み書きの手習いを始めていたり。「壺が見つかった」と用人に言われて源三郎の妻が望遠鏡を覗いたら、夫の浮気現場を目撃したり。柳生家が「一両と引き換えに壺を求む」という張り紙を江戸中に出したら、とんでもなく長い列ができていたり――。時間や空間を巧みに省略して笑いへ誘なう演出が抜群なのだ。

 もちろん作品自体も素晴らしいのだが、復元具合も最高。映像だけでなく、音質に驚いた。戦前の映画とは思えないほどクリアに耳に入ってくる。