今回は『河内山宗俊』を取り上げる。前回に引き続き、中国の戦地で二十八歳の若さで亡くなった天才・山中貞雄監督による傑作時代劇だ。
戦前の映画は、フィルムが一部分でも現存しているだけでありがたい。保存状態についてまでは、贅沢をいえない状況だった。
そのため、後になって作品内容を評価したり検証したりする際には、そうした部分的に残されたフィルムと過去の評とを合わせることで全体像を推測するしかなくなる。実際に観ると画質も音質も公開時とは程遠く、いくら「名作」と伝わる作品であっても、公開時に観客が受けた感動や作り手たちが伝えようとした内容を、そのままに受け取ることは難しかった。
ただ、近年はデジタル技術の発展により、過去作品の修復・復元作業も進んでいる。戦前の作品に関しても、よりクリアな画質・音質での鑑賞が可能になってきた。本作もそうだ。4Kデジタルで丹念な復元作業が施された映像がソフト化。家庭でも存分に堪能できるようになった。
本作は江戸後期を舞台に、アウトローたちの活躍を描く。
居酒屋を営む博奕打ちの無頼漢・河内山宗俊(河原崎長十郎)は甘酒売りのお浪(原節子)の頼みで、お浪の弟の広太郎を探すことになる。一方、広太郎は侍の由緒ある小柄を盗んでおり、侍に依頼された剣客の市之丞(中村翫右衛門)もその行方を追った。
広太郎は遊郭で再会した幼馴染の花魁・三千歳と心中を図っており、一人だけ生き残る。お浪は三千歳の分の借金も負ったため、遊郭に身体を売るしかなくなった。お浪を救うため、宗俊と市之丞が立ち上がる――。
今度の復元により、これまで観てきたバージョンに比べて映像が大幅に鮮明になっている。そのため、何度も観ている作品だが、さらに鮮烈な印象を受けることができた。
中でも圧巻なのが、デビュー間もない原節子だ。その可憐さがさらに際立って映し出され、人生の裏側を知り尽くす悪漢たちですら彼女のために命がけの闘いに臨もうとする心情が、より強い説得力をもって伝わってきた。
お浪を追う悪党たちとの、ラストの激闘もそうだ。闘いの舞台となる、路地裏の水路のセットの水面の煌めきや水に濡れた石垣の一つ一つまでもがハッキリと見える。その結果として、セットの奥行きを存分に使った斬り合いの迫力が、そこで散る命の儚さとともに映ることになった。
最後の宗俊の決死の表情に至るまで、ここまで熱いドラマを創出していたのかと驚かされる。最新技術により、天才監督の演出が蘇ったのだ。