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連載春日太一の木曜邦画劇場

襖絵や壁、役者の表情の彩りまでリマスター職人が見事、復元させた!――春日太一の木曜邦画劇場

『獄門島』

2023/02/14
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1977年(141分)/東宝/5170円(税込)

「デジタル・リマスター」というと、なんとなく「パソコンでちゃちゃっと」できそうなイメージでいる人も少なくないかもしれない。

 だが、実際にはフィルムを入念にチェックし、一コマずつ丹念に修整を加えていく。実に根気のいる職人技だ。

 特に繊細さを要するのが、色合い。旧作のフィルムは退色しているため、当初の色合いから劣化してしまっていることが多い。その場合、色味をデジタル加工で新たに加えることになる。この作業が雑だったり、メーカーが作品に対してリスペクトを持ってなかったりすると、驚くほどオリジナルのイメージから離れた映像になってしまう。実際、「デジタル・リマスター」と銘打った映像を観てガッカリすることは何度かあった。

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 そうした中で、市川崑監督=石坂浩二主演の『犬神家の一族』は完璧ともいえる4Kリマスターをしてのけたことは、以前に述べた。さらにこの一月にはシリーズ作品もBlu-ray化。どれだけのリマスターがなされたか、期待満々で観た。そして、その期待に見事に応えてくれている。

 今回はその一本『獄門島』を取り上げる。瀬戸内海の孤島で起きた陰惨な連続殺人事件に、名探偵・金田一耕助(石坂浩二)が挑む物語だ。

 今度のBlu-rayを観て何より印象深かったのは、細部までこだわり抜く市川崑の映像美が、見事なまでに伝わってきたことだ。

 島を支配する鬼頭本家の屋敷の襖に描かれた、古びた不気味な絵。床屋の茶色くすすけた壁。金田一が居候する薄暗い寺の、黒光りする柱や廊下。夜道の暗闇に浮かぶ提灯。そして、次々と殺される三姉妹の煌びやかな衣装――。

 全ての色合いが、情感豊かな深みをもってハッキリと映し出されているのだ。そしてディテールの数々がクリアに復元された結果、市川崑が画面の隅々に至るまで計算して、この陰惨で哀しい世界を彩っていたとよく分かる。

 役者陣の表情も鮮明に浮かび上がっていた。司葉子、大原麗子、太地喜和子、坂口良子ら、女優たちの艶っぽさも素晴らしい。だが何よりインパクトがあったのは、寺の住職を演じる佐分利信。

 今度のリマスターで微妙な表情の変化が見えてきたことで、その名演がより明確になっているのだ。状況はめまぐるしく動く。その度に、隠された本心の奥底から動揺や狼狽を感じさせる様が浮き彫りになり、和尚に課せられた過酷な宿命がさらに重く伝わってくることになった。

 旧作を生かすも殺すも、リマスターのあり方次第。それを支える職人たちの仕事に、改めて敬意を表したい。

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