さらに今では子どもの数が減り、収入は増えず、負担が増えているのです。1985年の国勢調査で、すでに共働き世帯は半数を超えており、今も増え続けています。支援しなくていい市民を前提とするのでなく、困っている市民を想定して支援する。現実離れしたモデルを基準とするのではなく、今の市民の暮らしを見て、発想を変えていくべきです。
「標準家庭」はDV、貧困、病が絡み合うケース
私が想定する標準家庭はこうです。
「収入不安定なDV夫に、メンタルを病みパートを辞めさせられそうな妻、ネグレクトで不登校の子と、家の奥には寝たきり認知症の祖母がいて、借金を抱え生活困窮」
このように課題がいくつも複雑に絡み合ったケースです。職員にも、そういう家族を標準と想定して仕事するように伝えています。
子育て、介護、DV、就労、家計など複数の問題を抱える家庭なんて、決してめずらしくはありません。弁護士時代に実際、数多く接してきました。1つの問題に対応しても他の問題を放置していたら、何も解決しません。
声を上げられないから気づかれないだけで、生きづらさや困難さは、みんなが何かしら抱えてしまうもの。こうした想定で臨めば、子ども支援、高齢者支援、DV対策、障害者支援、就労支援、生活困窮支援など、少なくとも5つくらいは予測して、包括的に向き合うことができます。
家庭訪問をした際、子どもの担当者が認知症の祖母を見つけたとしても、「私は介護保険の担当じゃないので」と見て見ぬフリをすることもなくなります。
男性、女性だけでなく、もっと多様な性のあり方についての情報が取り上げられる機会も増えてきました。世の中の認識も理解も、少しずつではありますが進みつつあると感じています。でも、まだまだ途上です。
見えづらい存在とされ、生きづらさを抱える性的マイノリティの方々は、実は身近にいます。近年行われた複数の調査によると、日本のLGBTQ+の人口規模はおおむね8~10%程度。決して少なくない方々が、今も周囲の無理解により困難に直面しています。