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狩山の右金は計10回も動いて里見の駒を完封

 第3局、10月13日、狩山幹生四段戦。

 後手の里見はみたび中飛車にし、第1局と同じ力戦形に誘うが、狩山は自重して通常形に戻そうとする。さすればと里見が先に動いた。対して狩山は、金をこの将棋の主役にすえた。金を中央に繰り出し、里見の飛車が左に行けば金も左に、右に動けば金も右に。独特な動きで飛車を封じにいく。

 狩山は大山康晴十五世名人と同じく岡山県出身で、三段時代に大山将棋を並べて粘り強さを身につけた。大山と同じく、金を使うのを好んでいる。

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 とはいえ形勢は互角で、途中で里見には大駒を切って食いつくチャンスが何度かあった。美濃囲いの堅さを生かし、駒損をいとわず食いつくのは振り飛車の必須科目だ。だが里見は角を切るのも、飛車を切るのも見送り、端攻めを選んでしまう。狩山は飛車を召し上げ、端を丁寧に受けて食いつかせない。狩山の右金は計10回も動いて里見の駒を完封した。

 3局終えて、以前のプロ編入試験とはまったく違う雰囲気になっていたことに気がついた。徳田も岡部も狩山も、見事な戦いぶりだった。世論がみな里見贔屓なのは承知の上で、勝つための最善策を選び、持ち味を存分に出した。伸び伸びと、自分の将棋が指せている。立会人が置かれ、たくさんのメディアが詰めかけ、はじめての環境で将棋を指したのにも関わらず立派だと、先輩棋士も皆3人の戦いぶりを褒めた。

棋士編入試験5番勝負第3局で狩山幹生四段と対局する里見香奈女流五冠[代表撮影] ©時事通信社

「試験官となった以上は全力で戦おうと思っていた」

 試験官3人にそれぞれ話を聞くことができた。

 徳田四段は、対局前に、「良い成績で対局を迎えたいという気持ちで頑張っていました。試験官に恥じない将棋を指したいです」と意気込みを語った。彼にとっては里見との対戦がモチベーションになり、6月28日に里見が受験を表明してから(徳田が第1局の対戦相手なのは規定で決まっていた)対局日まで8連勝と負けなしだった。

 対局後は次のように語っている。

「普段はトップ棋士やタイトルホルダーが座る最上席の上座で指すのは初めてだったので、良い経験になりました。里見さんは同じ関西本部所属として顔見知りでしたし、特に緊張はしませんでした。

 正直に言えば、私も里見さんを応援している側なのでやりたくはなかったんですが、試験官となった以上は全力で戦おうと思っていました」

 岡部四段からも対局後に話を聞いた。

「立場上は試験官ですが、里見さんはそうそうたる相手に勝っていますので、そういう気持ちはありませんでした。注目される勝負なので、良い将棋を指したいと思っていました。対局開始時、取材が多く立会人もいて緊張しましたが、特にプレッシャーなく自然体で指せたと思います。中飛車は予想通りで途中までは研究手順です。やや強引に攻めたので、歩を打たれていたら悪かったと思います。角を切って桂打ちは狙っていました」