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連載春日太一の木曜邦画劇場

小林昭二演じる寡黙な人力車夫。画面から奥底の感情が浮かび上がる!――春日太一の木曜邦画劇場

『病院坂の首縊りの家』

2023/02/27
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1979年(139分)/東宝/5170円(税込/Blu‐ray版)

 今回は『病院坂の首縊りの家』を取り上げる。長い歳月にわたる女性たちにまつわる血ぬられた惨劇に、名探偵・金田一耕助が挑む作品である。

 以前にも取り上げたのだが、その際はヒロイン役を演じた佐久間良子にインタビューさせていただいた直後だったのもあり、彼女の本作における凄絶な演技に注目した。が、今回はそうではない。

 監督=市川崑、金田一耕助=石坂浩二のコンビによる一連の作品のBlu-ray化が進む中で、本作もこの二月に発売された。このシリーズのリマスター映像はことごとく冴えている。女優たちの清冽さもセットの古びた感じもそうなのだが、何よりベテランの名優たちが素晴らしい。

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 既に本連載でも紹介した『犬神家の一族』の小沢栄太郎と『獄門島』の佐分利信、さらには『悪魔の手毬唄』の中村伸郎。今度のリマスターによりベテランたちの表情がよく見えるようになり、その感情表現の機微がより伝わってきた。そのために、彼らの演じる人物たちの奥深さが明確になったのである。

『病院坂』にも小沢栄太郎は出ており、彼ならではの俗めいた厭らしさが強烈に迫ってくる。だが、ここで注目したいのは小林昭二だ。

 彼が演じるのは、惨劇の舞台となる法眼家の当主・弥生(佐久間)専属の人力車夫・三之介。三之介はただ黙々と、弥生を乗せて人力車を曳き続ける。この無骨で一徹な役柄が、いかにも「叩き上げの仕事師」という質実剛健さを放つ小林にピッタリだった。

 そして、このリマスターにより彼の魅力は一段と強まっている。弥生を乗せて坂を下る初登場シーンからして、その真っすぐな眼差しが鮮明に映し出される。この短いカットだけでも、いかに三之介が弥生に忠実に仕えているのかがよく分かった。周囲から「もう自動車に乗り替えたら」と持ちかけられても即答で断るほど、弥生は三之介に絶対的な信頼を寄せているのだが、この小林の顔を見るだけで納得することができる。

 病院坂界隈では、幾度となく悲劇が起き続けた。その度に、弥生は苦しんできた。三之介は何が起きようとも動じることなく、弥生のために人力車を曳く。三之介の人力車にいる時間だけが、弥生の安らぎだったのだろう――。

 今度のリマスターでは小林の表情が、人生の年輪を刻んだ皺の一つ一つに至るまで、ハッキリと見えた。そのために、寡黙さの奥底に押し殺した感情が浮かび上がり、三之介のダンディズムがさらに魅力的に映し出されることに。

 だからこそ、全ての悲劇が終局を迎える際に見せるその背中が、たまらなく切ない。

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