誠を尽くしていると、勘が働く
私心が入り込んできた瞬間に、人は誠を尽くせなくなります。自分がやりやすいように、自分が楽になるように、という理由を優先したら、相手の感情や都合を脇へ置いてしまうことになる。誠になっていません。
誠を尽くしていると、勘が働きます。変化に鋭敏になる、と言ってもいい。
19年の春季キャンプでのことです。ドラフト1位ルーキーの吉田輝星が、シートバッティングに登板する直前に「右腕に張りがある」と言ってきました。コーチから話を聞いた私は、直感的に危険を感じて「やめさせてくれ」と指示しました。本人は「投げることはできた」と話していたそうですが、胸騒ぎが抑えられなかったのです。
彼には「投げられたのかもしれないけれど、投げられない可能性があることが起こっていたのは事実でしょう? それは自分自身の責任だよ。でも、投げられないことを怒るぐらい野球が好きなのはいいことだから、ずっと怒っていなさい。それはそれでいいから」と話しました。
大谷翔平との「以心伝心」
大谷翔平(現・ロサンゼルス・エンゼルス)がファイターズでプレーしていた当時も、胸騒ぎに襲われたことがありました。ケガの予兆を察したら、ほぼすべてのケースで無理はさせませんでした。
周囲からは過保護に映ったかもしれません。コーチには「翔平への愛を出し過ぎです」と言われたりもしました。自分では「いやいや、出し過ぎではないよ」と思っていましたし、翔平も私とは意識的に距離を取っていました。
高校を卒業したらメジャーリーグへ行きたいと明言していた彼を、ドラフト1位で指名してファイターズで引き受けたのです。日本のプロ野球でステップアップさせて、メジャーリーグへ送り出すという大きな責任が、私にはありました。彼の野球人生が成功することに妥協をしなかったからこそ、小さな変化を見落とさなくなり、ケガのリスクに敏感になっていたのだと思います。監督としての経験ではなく愛情――母親が子どもの表情やしぐさから体調や感情の浮き沈みを読み取る、ということに似ていたのかもしれません。
コーチに言わせると、「監督がやりたいことは、翔平が一番分かっていた」となります。説明を尽くしていたわけではなく、むしろ彼との会話は少なかった。それでも、思いと思いが寄り添って、以心伝心の関係が成立していたのかもしれません。